「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」(IWC)で「スパークリングワインメーカー・オブ・ザ・イヤー」を今世紀最多の8回受賞して、9回目を身内の「シャルル・エドシック」に阻まれたという、ホメられシャンパーニュ メゾン「パイパー・エドシック」。

現シェフ・ド・カーヴのエミリアン・ブティヤさんも、パイパー・エドシックで2021年に1回、兄弟ブランド「レア・シャンパーニュ」で今年1回、「スパークリングワインメーカー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。この、今もっともホメられているシャンパーニュの造り手が新作を発表した。

パイパー・エドシック|PIPIER-HEIDSIECK

マリー・アントワネットが飲んだシャンパーニュ

マリリン・モンローが一日をはじめる際に飲んだシャンパーニュ

ときにジャンポール・ゴルチエのコルセットをボトルにまとい、ときにクリスチャン・ルブタンのハイヒールに注がれ、ラベルはレッドカーペットに似合うように赤く染められている。そういう、祝祭的でセクシーなムードと、誠実なワイン造りが組み合わさっているのが「パイパー・エドシック」だ。

これがランスのパイパー・エドシックの本社

ボトルにティアラがついている高級シャンパーニュ「レア・シャンパーニュ」はパイパー・エドシックから独立したブランドだから兄弟関係。元をたどれば同じ一族の、シャンパン・チャーリーが興したメゾン「シャルル・エドシック」 とは同一グループだ。

ちなみに、ちゃんと愛を注げば本当に一生モノとしてはける靴を作る「J.M.ウエストン」も同一グループに属している。

このグループは「EPI」といって、クリストファー・デスクールという個人投資家がオーナー。いい意味で趣味的で、自分たちがよいとおもった造り手に投資し、製品の質が高いことを価値としているグループなので、時間がかかるワイン造りにとっては願ってもない理解者だ。

現在のパイパー・エドシックのシェフ・ド・カーヴ(醸造責任者)、エミリアン・ブティヤも、このグループが、最高のワイン醸造家を!と求めてたどり着いた人物で、2018年に就任している。

エミリアン・ブティヤ(EMILIEN BOUTILLAT)

以前、他の記事でも書いたけれど、シャンパーニュでは2018年から、大手メゾンのシェフ・ド・カーヴが辞任して、他メゾンのシェフ・ド・カーヴに就任する、というなかなか珍しいことが立て続けに起こった。パイパー・エドシックからレアが独立したのは、このタイミングだった。ここで、1994年からパイパー・エドシックで働いている大ベテランで、2002年からはシェフ・ド・カーヴを務めていたシャンパーニュ業界の偉人、レジス・カミュ氏が、レアの専任になった。それでパイパー・エドシックの席が空いた。さらにカミュ氏は、2022年に、現役を退いたことで、レアのシェフ・ド・カーヴの席も空いた。

この2席を引き継いだのがエミリアン・ブティヤだ。直近では『アルマン・ド・ブリニャック』で知られるシャンパーニュ メゾン「キャティア」のシェフ・ド・カーヴだった人物。ワインメイキングの腕がいいのは証明済み。さらに、この人物は農業においても専門知識を有する、というところが、2015年以降、VDC(シャンパーニュ地方における持続可能なブドウ栽培 Viticulture Durable en Champagne認証とHVE(環境価値重視  Haute Valeur Environnementale)認証の両方を取っているパイパー・エドシックと親和性が高かったのではないか?

話し出すとそれだけでだいぶ長くなるから、簡単に、だけれど、パイパー・エドシック、レア・シャンパーニュ、シャルル・エドシックの3ブランドは、環境保全に関して先駆的で、その動きは、ブティヤさんが加わってさらに加速した。自社だけでなく関連するブドウ栽培家にも2025年までにVDC認証の取得を求めているほか、ボトルの軽量化をはじめとして、供給・輸送でのカーボンフットプリントの削減にも積極的に取り組み、シャンパーニュ業界では、唯一(唯三?)、企業のガバナンス等も評価基準となるサステナビリティ認証「B corp」認証を取得している。

エッセンシエル ブラン・ド・ノワール

この話が、パイパー・エドシックがこの夏、新発売する『エッセンシエル ブラン・ド・ノワール』につながる。

というのは、このワインは、特定の収穫年のブドウのみを使う、ヴィンテージ・シャンパーニュという扱いではないにも関わらず、あえて2019年のブドウだけしか使っていないからだ。つまり、完全にエミリアン・ブティヤ時代の作品。これは、前任者に対してなんらかおもうところがあった、というわけではなく、新時代のパイパー・エドシックとして、どうせならこのタイミングで、すべてVDC認証をとった畑のブドウで造るシャンパーニュをリリースしたい、と考えて『エッセンシエル ブラン・ド・ノワール』をそうした、という事情によるらしい。

『エッセンシエル』と名のつくシャンパーニュは、パイパー・エドシックのなかでは、スタンダードの次のランクになり、これまで、ピノ・ノワール、ムニエ、シャルドネの3品種をブレンドした『エッセンシエル』、シャルドネ100%の『エッセンシエル ブラン・ド・ブラン』があったけれど、ピノ・ノワールを得意とするパイパー・エドシックながら、ピノ・ノワールが主役の「ブラン・ド・ノワール」は、ここで初登場。

ガストロノミー向けとされるのが『エッセンシエル』シリーズであり、持ち味はドザージュが少ない「エクストラ・ブリュット」なことと、重層的な味わいを誇っていること。厳選した高品質なブドウの真価を発揮させつつ、それらをバランスさせるテクニック、そして長期熟成による深みとまとまりで勝負するタイプのシャンパーニュだ。

こういうシャンパーニュにとって、料理で言えば、スパイスや隠し味的な役割のリザーブワインの存在は、結構大きいはず。実際、現行の『エッセンシエル』では23%、『エッセンシエル ブラン・ド・ブラン』では30%、リザーブワインを使っている。

対して『エッセンシエル ブラン・ド・ノワール』では2019年のブドウだけなので、リザーブワイン0。果たして、それで大丈夫なのか? 

「2019年のブドウは素晴らしい。そして、ピノ・ノワールとムニエは最良の産地のものを厳選している。リザーブワインがなくても十分な表現力がある」

と、このワインのお披露目に来日したエミリアン・ブティヤは語った。

具体的には、全体の80%を占めるピノノワールは、シャンパーニュきっての名産地、アンボネイ、アイのほか、コート・デ・バールのフォンテット、ムールヴィル、ヌーヴィル・シュール・セーヌと、やや耳馴染みのない産地のブドウを使っているとのこと。温暖化のなかでも、キレのいい酸味を保つ、冷涼な畑を求めての選択で、とりわけ、フォンテットは東向きの畑でクールなのだそうだ。

のこり20%のムニエは、シャンパーニュ最北の産地コルミシーのほか、クルマ(モンターニュ・ド・ランス)、ヴェルヌイユ、キュシュリー(ヴァレ・ドゥ・ラ・マルヌ)、ヴィルヴナール(コート・デ・ブラン)から。いずれも、そんなに有名な産地ではないけれど、ムニエを得意とするエリアだ。

はたしてリザーブワインなしで大丈夫か? いよいよ、テイスティング。

新感覚ブラン・ド・ノワール

人間がひとりひとり違うように、ワインはそれぞれ違うもだから、こういう言い方はやや乱暴だけれど『エッセンシエル ブラン・ド・ノワール』はブラン・ド・ノワールらしからぬシャンパーニュだった。ブラン・ド・ノワールといえば、シャンパーニュのなかでは力強く、ややスパイシーな刺激を感じることもあるもの、という意識があったから、虚を突かれた。

エミリアン・ブティヤさんは、そのアロマをミカンのような、と表現した。実際そういう、甘い柑橘類の香りがある。これがアプリコット的な香りおよびその他のいくつかの香りと混ざることで、ちょっとバナナみたいな印象。

口の中では、徐々にビターな酸味が勝ってくる。最終的にはミカンの印象は残りながらも、長く続く酸味の余韻に、塩味(えんみ)と表現されるミネラル感が混ざり、それがピノ・ノワールに由来するわずかにスモーキーな香りを伴う。全体としては、ボディ感、力強さ、という点では、むしろ同シリーズのシャルドネ100%のブラン・ド・ブランのほうが勝るほど。ブラン・ド・ノワールは、伝統的な言葉でいうならばエレガント。しかしここはむしろ、軽快、青春と言いたい。大人たちが懐かしむ青春ではなく、現役で青春してる感じだ。

若いあなたのシャンパーニュだ

筆者はおじさんなので、あまりこのスタイルにあれこれ言うべきじゃない、とおもった。これは次世代のシャンパーニュだ。

ただ、リザーブワインはやっぱりあったほうがよりよくなるようにはおもう。今後は、パイパー・エドシック初の試みとしてこの『エッセンシエル ブラン・ド・ノワール』のベースのワインをソレラ方式でリザーブワインにしていくそうなので、それが加わったらどうなるのかは楽しみなところ。それから、今回の『エッセンシエル ブラン・ド・ノワール』のブドウは特別品なので、すべてマロラクティック発酵しているというけれど、2019年以降、パイパー・エドシックでは、フレッシュな酸味を残すためにマロラクティック発酵を一部でブロックし始めているそうだ。これは暑い地域のスパークリングワインでは、すでに広まってきているテクニック。パイパー・エドシック全体で、今後、より”引き出しが増える”ものとおもわれる。期待だ。

革新を恐れないことで、セレブリティたちに愛されたきたのがパイパー・エドシックの伝統。おじさんの戯言などは放っておいて、未来のシャンパーニュ第1弾を、アーリーアダプトしておくのがカッコいいのだ。