シャンパーニュのオートクチュール。そんな風に称されてシャンパーニュ ファンから尊敬される「アヤラ」がその代表作をリニューアルして、今年4月から販売している。

夏場は特に恋しくなる凛としたシャルドネの酸味を基調とするアヤラ。一体、何をどう変えたのか?

左から、今回リニューアルした『ロゼ マジュール』(10,000円)『ブリュット マジュール』(8,200円)『ブリュット・ナチュール』(8,800円)*いずれも税別希望小売価格

ワインはしょっぱいのか?ミネラル問題

世界的に有名なシャンパーニュの醸造家で、筆者もとても尊敬している人物は

「シャンパーニュに塩味はない」

と言う。これはこの人物だから許される、結構、挑戦的な発言だ、と常々おもう。

たしかに、シャンパーニュにおけるドザージュのように、ワインには糖を入れることはあるけれど、塩を入れることはないから、そういう意味でワインに塩味(しおあじ)はない。しかし、ワインの世界ではワインの味わいを評するのに「塩味」(えんみと発音する)というワードを使うのはごく一般的で、実際、筆者も塩と表現したくなる感覚をワインのなかに見つけることはある。だから、「えんみ」まで含めて、塩味は「ない」と言い切ってしまう度胸は、筆者にはない。

とはいえ、ワインに塩を使っていないなら、この塩のセンセーションはどこから来るのか?

「ミネラル」というワードが、ワインの世界でよく出てくる。「塩味」は、この「ミネラル」の一様相、あるいは「ミネラル」に包括されている感覚として扱われがちだ。

ではミネラルとはなにか? ミネラルであればワインにあるのか?

科学的に言うと、ミネラルはあるらしい。硫化物、有機酸、有機酸のなかでもコハク酸は、ワインにミネラル(そこに塩味も含む)を感じる要因になりやすいらしいのだ。

しかし困ったことに、これらは基本的に、酵母とその澱、醸造や熟成のプロセスに由来して発生する。一方、ワインにおける「ミネラル」は、シャンパーニュ地方やシャブリ地方の石灰の土壌で育ったブドウから生まれたワインなど、栽培段階の環境に由来しているもの、として扱われがちで、醸造過程の影響をして「このワインはミネラリーである」ということは、ほとんどない。しかし、第三者的な根拠が見つかるのは、醸造段階だという……

コート・デ・ブランのなかでは北方に位置する特級(グラン・クリュ)格付けの栽培地 シュイィのブドウ畑。薄い表土の下にチョーク質の土壌がありシャルドネの産地。コート・デ・ブランの中では穏やかと評されることが多いものの、その特徴は酸味と「ミネラル」

ミネラルとか塩味とかいう感覚は、共同幻想的性質をもった概念でしかないのだろうか?

シャンパーニュと塩味の相性の良さ

話はさらににややこしくなる。ではなぜ、シャンパーニュと塩味は相性がよいのか、と考えたときに。これを冒頭に紹介した醸造家は、「シャンパーニュには塩味がないから、塩味を加えることで、味覚が完成するのだ」と解く。

そして、塩味は単に塩化ナトリウムであればよい、という話ではなく、複雑な味わいのワインには複雑な味わいの塩味を合わせよ、と論を運ぶのだ。複雑な塩味というのは、自然環境の各種ミネラルが混在する塩、海産物の海っぽい味わい、調理された食品のなかの塩、醤油・味噌といった醸造された調味料などだ。

話としては美しいが、それはやや単純ではないか? 私はあなたの造ったシャンパーニュからも「塩味」を感じているし、それが、別の塩味と組み合わさることによる、味わい深さも感じる。この感覚は幻なのか……

なんでこの話を長々するのかというと、この春、老舗シャンパーニュ メゾン「アヤラ」が、10年間かけて進めていたシャンパーニュのアップデートを一段落させ、品質をさらに高めた自慢の作品群を日本でお披露目するにあたって、塩とのペアリング、というイベントを開催したからだ。

シャンパーニュのオートクチュール「アヤラ」

アヤラは1860年創業の老舗。シャンパーニュファンからはシャンパーニュのなかでも、頭一つ抜けた名門、と畏怖される存在で、ブティックとかオートクチュールとかいった形容詞がついて回る高級・高品質シャンパーニュの造り手だ。

2023年4月、リニューアルしたシャンパーニュを引っ提げて来日したマネージング・ディレクターのアドリアン・ムフラール氏も、そのあたりは強調していて、さらにオートクチュール度合いを高めた、というのが10年がかりのリニューアルの成果。

アドリアン・ムフラール
2012年に、フランス国内外でのシャンパーニュ アヤラの発展を推進するべくディレクターに就任。シャルドネを主体としたアヤラのスタイルを守りつつ、ラベルなどのデザインの変更、畑とセラーへの投資を推進してる、リニューアルのエンジン

アヤラは創業からほどなく、当時としては驚くほど辛口のシャンパーニュをリリースした、筋金入りの辛口シャンパーニュ職人でもあるのだけれど、辛口のシャンパーニュというのは難しいもので、うまくやらないと「すっぱさ」ばかりが目立って単調な印象になってしまう。単調はシャンパーニュにとっては忌避する形容。シャープでありながらも複雑であることが、辛口シャンパーニュの理想とするところである。

辛口でありながら単調ではないシャンパーニュを造るとなると、ブレンドするワインに酸味以外の個性もよく発揮させる必要があり、大枠の方向性としては

1. 熟成期間を長くする
2. ブレンドするワインの種類を多くする

がソリューションになる。

1をやるためには造ったワインをすぐには売らずに保管しておくことが必要で、2をやるには、畑のバリエーションとブドウの個性を引き出す栽培、その個性ごとにブドウをわけて収穫・醸造する必要がある。さらに、これらは最終的にはブレンドして使うから、個性の違う多数のワインをバランスさせるブレンド能力にも高いものが求められる。

つまり、辛口シャンパーニュを奥深いものにするためには、手間と場所と時間というコストがかかる。

そういうコストをかけているから、アヤラはオートクチュールと称されるのだけれど、この程、さらにそのオートクチュール度合いを高めた。

もっともスタンダードかつメゾンの顔となるシャンパーニュ『ブリュット マジュール』は、10年前比で、25種のワインのブレンドから70種のブレンドへと大幅に複雑化。

さらに、過去の収穫年のブドウから生み出された、より熟成されたワインをブレンドする量も、20~30%だったのが40%以上(正確には43%)に増えている。

20haの自社畑+場合によっては数世代にわたって共にブドウ栽培をしている栽培家からの買い取りブドウ、という量的に決して多くはないブドウは、70ほどの区画に分けて管理されているそうだけれど、10年前はこれを区画や品種で分けて、80のステンレスタンクを使って、醸造していたという。それらタンクは、収穫量に合わせて、25ヘクトリットルから150ヘクトリットルまで、サイズの違いもあるというから、その時点で、すでにだいぶ細かい管理なのだけれど、10年たった現在、タンクは120もあるそうだ。

さらに、ボトルの形状が、今回、ネックがやや長めで、ボディ部が太い形状に変化していて、これは熟成により有利な、シャンパーニュの中でも高級品に見られる形状なので、それをスタンダードに持ってきた、というところに、アヤラの本気が感じられるのだ。

アヤラ ブリュット マジュール
品種:シャルドネ 55%、ピノ・ノワール30%、ムニエ 15%
ベースワインは2019年。2018、2017、2016年のリザーブワインを43%使用。澱とともに平均3年間熟成。ドザージュ6g/リットル

アヤラ+塩

それで、この新生アヤラを、塩と一緒にテイスティングして欲しい、という話なのだ。ここで、冒頭の話に戻る。なぜ塩なのか? という問い対して、アヤラはひとつの回答を示してくれた。

「ワインの85%は水である。その水のなかには80程度のミネラルがあるのだから、塩味を感じるのは当然である」

実に明快ではないか! そしてこうまでズバっと言い切られたことは、これまでなかった。だから、これを紹介したくて、最初の方に長々、塩味の話をした。そこからの論の発展も紹介しよう──

「塩味は、酸味と苦味のよりよいバランスをもたらし、余韻まで含めた味わいを長くする重要な味覚だ。しかし、塩味を感じづらいとすれば、それは、甘味や酸味に隠れているからである。そこで、塩とともに味わうことで、アヤラの複雑性、ミネラルのバランスをよりよく感じられる」

しかも「シャンパーニュのシャルドネの素晴らしさを伝えるのが野心」というアヤラは、シャンパーニュのなかでも特級、一級と称される最良の畑のシャルドネを使う。これらシャルドネの特徴は、まさに「ミネラル」感。今回のリニューアルの眼目のひとつに、シャルドネの使用量をさらに上げる、というものがあるので、シャンパーニュにおけるミネラルとは? 塩味とは? という迷いには、アヤラ&塩の組み合わせでのテイスティングは絶好の経験だ。

まずは代表作『ブリュット マジュール』。以前が35%程度だったシャルドネ比率を55%まで高めている。さらに、ドザージュが6g/リットルと、このカテゴリにおいては限界値まで低い。

より誤魔化しの効かない条件を自らに課して、ワインが単調になるかならないかの勝負の分かれ目を、産地、醸造、収穫年等によるシャルドネのグラデーションにより委ねたのだ。

その『ブリュット マジュール』に合わせた塩は、香川県の「てしま天日塩ファーム」という職人的塩の造り手が生み出す塩のうち、冬にじっくりと時間をかけて作った塩。

驚いたことに、やや硬質で、酸味の印象も強かった『ブリュット マジュール』が、この塩と組み合わさることで、ナッツやキャラメル、チョコレートのような風味を帯びたように感じられた。おそらく『ブリュット マジュール』が本来もっていた複雑性が、塩にひっぱり出されたのだろう。

この『ブリュット マジュール』のドザージュを0にして、熟成期間を長くとったのが『ブリュット・ナチュール』

アヤラ ブリュット・ナチュール
品種:シャルドネ 55%、ピノ・ノワール30%、ムニエ 15%
ベースワインは2019年。2018、2017、2016年のリザーブワインを43%使用。ドザージュ0g/リットル

こちらは正直なところ、ワイン単体だと、やや物足りない。これは筆者の人間的性能にも理由の一端があるはずだけれど、水分の印象と酸が強く感じられて、ワインの複雑性を感じづらいのだ。

ところが、『ぬちまーす』という沖縄・宮古島の塩、通常の塩よりも塩分が25%低く、ミネラルが21種類も含まれる、という塩とのペアリングで味わうと、塩の味を引き出しながら、ワインの印象もハッキリしてくる。『ブリュット・ナチュール』は『ぬちまーす』だけでなく、今回出てきた塩のいずれとの組み合わせでも、ワイン、塩、双方のキャラクターがハッキリする。おそらく、塩ばかりでなく、料理でも、この現象は起こるだろう。別の味覚と合わさることで、本領を発揮するシャンパーニュとおもわれる。

そして『ブリュット マジュール』のロゼバージョンが『ロゼ マジュール』。通常、ピノ・ノワールが主役になりがちなロゼにあって、シャルドネ51%、ピノ・ノワール39%、ムニエ10%というバランスが、シャルドネ職人アヤラらしいのだけれど、正直なところ、このワインについてはピノ・ノワールの印象が強く、かつ、それが魅力的だと感じる。

アヤラ ロゼ マジュール
品種:シャルドネ 51%、ピノ・ノワール39%、ムニエ 10%
ベースワインは2019年。2018、2017、2016年のリザーブワインを17%使用。澱とともに平均3年間熟成。ドザージュ6g/リットル

これが、5~6%ブレンドされているという、アイ村のピノ・ノワールで生み出された赤ワインに由来するのか、単に筆者が勘違いしているだけで、ピノ・ノワールっぽいという感覚はピノ・ノワール以外が生み出しているのか、判断がつかないけれど、ワインと同様ピンク色のヒマラヤの塩が合わさると、さらにピノ・ノワールの印象は強くなって、魅力的なことこの上ない。トマトに塩をちょっとふると、とたんにトマトの旨味が引き出されるあの感じというのだろうか。旨味があり、ややスモーキーなニュアンスをもったピノ・ノワールを感じられる。

公式テイスティングコメントとは、だいぶ違うことを言っているので、これはあくまで筆者によれば、ということにしておいてほしい。

最後に『ル・ブラン・ド・ブラン 2016』が味わえたけれど、これはここまでの3種のブリュットシリーズのようなリニューアルを受けたわけではないというか、そもそも、存在としてちょっと格が違う。

アヤラ ル・ブラン・ド・ブラン 2016
品種:シャルドネ 100%(産地はシュイィ、クラマン、オジェ、キュイ、グローヴ)
2016年ヴィンテージ。澱とともに平均6年間熟成。ドザージュ5g/リットル
希望小売価格 13,200円(税別)

シャンパーニュ最良の畑で育ったシャルドネのなかでも、選りすぐりのブドウのブレンド、6年もの長期熟成。熟成に由来する深みはありながらも、ピーンとした酸がとにかく美しい。塩はフランスのガストロノミックな「ゲランド」の塩が寄り添って、塩が加わるとさらにこのワインの美しい「すっぱさ」が引き立った。

変わったことは間違いない

以前のアヤラと新生アヤラを同時に比較したわけではないので、記憶での比較にはなるけれど、アヤラが変わったのは間違いない。そして、シャンパーニュの普遍的スタイルにより近かったのはかつてのアヤラであり、新生アヤラは個性を強めたと感じられる。複雑性とピュアの両立を目指すスタイルは、シャンパーニュ以外ではなかなかお目にかかれないスパークリングワインのスタイルで、このスタイルをより突き詰めた、ということだとおもう。ドザージュをしない『ブリュット・ナチュール』、シャルドネ100%の『ル・ブラン・ド・ブラン 2016』はとりわけ、その主張を強く感じる。フードフレンドリーで、アペリティフからデザートまで、ほとんど相手を選ばず良き伴侶となってくれるはずだ。

やや例外的なのはロゼだけれど、いずれの「アヤラ」の感想にしても、それは今飲んでの感想に過ぎない。ここから数年、『ル・ブラン・ド・ブラン』については10年以上の年月で、熟成し、発展する可能性が感じられる。そうなってくると、2、3段、格を上げそうな予感がある。

暑い季節にぐっと冷やして愉しんで、ピンと来たなら、気長な付き合いのために、何本かストックしておくのは面白そうだ。