『51°N』を味わう
実は筆者、このレアなワインを、試飲させてもらった。
というのは、ガズボーンのアンバサダーを務める、マスターソムリエ、ローラ・リースさんが『51°N』の日本上陸の際に来日して、ガズボーンを紹介するセッションを開催したのだけれど、そこに、参加させてもらえたのだ。
まずは『51°N』をもう少し詳しく説明すると、ガズボーンはガズボーンのワイン造り術の粋を集めた作品、プレステージ・キュヴェを造ろう、という発想を創業時からもっていたそうだ。そして創業から10年。2014年に、チーフ・ヴィンヤード・マネージャーのジョン・ポラード、チーフ・ワインメイカーのチャーリー・ホランドは「今年のブドウならば出来る!」と確信したという。
なぜなら2014年は、基本的には暑い年だったのだ。このあたりは、むしろ寒冷な気候の年が良年とされがちな現在のワイン業界にあって、北限の産地ならでは話で、寒すぎたり、雨が降りすぎたり、あるいは降らなさすぎたりすることのない、バランスの良い気候が、ガズボーンの持ち味を十分に発揮できる、適切に熟したブドウをもたらしたそうだ。
この2014年のウエストサセックス州とケント州の自社畑のシャルドネ(64%)とピノ・ノワール(36%)をブレンドして完成したのが『51°N』。ちなみに、これは奇妙な一致に過ぎないそうだけれど、産地で区別すると、ウエストサセックス州のシャルドネとピノ・ノワールが36%、ケント州のシャルドネとピノ・ノワールが64%というバランスになるそうだ。
『51°N』を試飲するにあたっては、事前に、ガズボーンのブラン・ド・ブラン3種(ウエストサセックス州とケント州、それぞれのシャルドネのみを使用したものと、両産地のブレンド)、ブラン・ド・ノワール3種(サセックス州とケント州、それぞれのピノ・ノワールを使用したものと、両産地のブレンド)を試飲させてもらえた。
この時点で、全体的に言えるのは、とにかく冷涼産地感の強さだった。
特に、シャルドネのうちでもウエストサセックスの標高が高い畑で、土壌はチョーク質にフリントストーン(チャート)、イギリス海峡からの涼風が抜けるという、クリーンなシャルドネには絶好の条件と思われる畑のシャルドネを使ったブラン・ド・ブランは、出色の出来で、目の覚めるように澄みきった、レモン系の酸味をもっていた。しかも栽培・醸造技術の高さゆえか、気候に恵まれたのか、それでも単に酸っぱい、という印象にはならず、液体はあくまでまろやかでつつましく上品。ここまでクールなシャルドネは、温暖化が叫ばれる現在、本当に貴重だとおもう。粘土質土壌で温暖だというケント州のシャルドネは(ケントの中では北の畑ではある)それよりは甘みや旨味の主張が強いものの、それでも酸の印象はハッキリしている。この傾向はピノ・ノワールでも変わらず、ケントよりもウエストサセックスのほうがよりクール。そして、そのクールさが、個性におもえる。
これら畑が北緯51度線付近にあることから『51°N』と名付けられている『51°N』も、そのクールなスタイルは共通。そのうえで、より贅沢に仕上げられたスパークリングワイン……なのだけれど、その基本的な性格を表す言葉は、シンプルとピュアだとおもう。
ワインにおいて、とりわけ『51°N』のようなプレステージ・キュヴェにおいて、シンプルという表現は必ずしも褒め言葉にならないことを承知の上で、最大限の好意的な意味において、そう言いたい。なぜなら、『51°N』と価格的にいって比較対象となるであろうシャンパーニュと比べた場合、あきらかにそれらシャンパーニュは騒々しく感じられるからだ。『51°N』は金管楽器の音色、ソプラノのアカペラ、暗い森の鳥のさえずり、そういうものに例えたくなる。
たしかに、80カ月瓶内で澱とともに熟成した上で、澱引きをしてコルクで打栓してからさらに18カ月熟成するという、極めて贅沢な長期熟成に由来する旨味、上質な泡、まろやかさ、冷涼産地のピノ・ノワールらしい、一種トマト的な旨味、よく熟したシャルドネの甘くジューシーなフレーバーを見つけ出すことは難しくないから、それらを根拠にシンプル&ピュアを否定することは容易いだろう。ただ、目指す理想が、そもそも現在のシャンパーニュの複雑性とは異なると感じられてならない。
筆者は『51°N』を英国のワインメイキングのひとつの頂点であるとすら言うローラ・リースさんに「もし、ガズボーンの畑と同程度に優れた畑ではあるけれど、より温暖な畑を選べるとしたら、いまの畑とどちらを選ぶでしょうか?」と問いかけてみた。リースさんは、躊躇なく「いまの畑だ」と答えた。「たしかにこれ以上、寒くなったら困るけれど、この冷涼さ、このスタイルこそ、英国が追求するべきものです」
他のワインとの偏差において評価されるものではなく、独自の価値を持ち、それが、得難く愛おしいと感じられる。そういうワインなのだろう。『51°N』が至った場所から、英国ワインの新時代、来るか?