俺の店をコンサルティングしてくれ
「福岡の糸島地域には、九州大学が移転して、住宅がどんどん増える。ここにイチリュウは出店することにした。店は出来たが、これを軌道に乗せられる人物が思い当たらない。そこで、納富大輔にコンサルティングを依頼したい」
よくいうぜ。仕事の依頼に偽装した「帰ってこい」コールだろう。そうは思ったものの、それで放っておけるか、といえば、そんなことはない。
新店舗のオープニングにあたってのコンサルタント、として大輔さんは故郷に帰った。
最初は苦労の連続だった。そもそも、福岡の海風に慣れない。食べ物も全然違う。店舗経営は課題が山積。日本の菓子の定番、生クリームはフランスにはない、というか、イチリュウの和製洋菓子のほとんどは、大輔さんの知るパティスリーと、まるで違う。
「そんな忙しい時に、お付き合いの都合でしょうがなく、後継者育成研修、っていうのに行ったんですよ。研修そのものは全然、面白くなくてヒマだったんですが、おかげで考える時間は持てたんです」
菓子職人として、自分はひとつの頂点を極めた、とおもっていた。しかし、いま眼前に、まったく未知なる洋菓子があらわれた。しかも、これを売る店は100年以上の歴史があり、自分はそこの社長になるチャンスがある。
これってラッキーなんじゃないか?
大輔さんの心は決まった。
菓子は地元で愛されるものである
都会で、世界で、勝負できる実力を持ちながら、九州の菓子屋をやる。なぜ?という問いに大輔さんは答えを持っている。
「お菓子屋さんのあり方っていうのは、地元で愛されること。お店の近くにいる人達に、愛されるものを作るのが一流の職人です」
自分の技術を独りよがりに見せつけて、売れない、などというのは素人である。と大輔さんは確信している。だから、大輔さんは製造には関わらない。
この場所の文化って何?ここで好まれる味、色、形って何? それを問い続け、実際の仕事は職人に任せる。
「たとえば、イチリュウの代表的な菓子、『シャルロット・オ・ショコラ』。均一にチョコレートを塗って、サンドして巻く、というのは、これをやり続けている職人の技なくしては出来ません」
イチリュウは現在11店舗を展開し、70人弱の職人を抱えている。1店舗につき10人ほど。驚くほど、人の技に頼ったスタイルだ。
それと同時に、もう一つ、大輔さんにはフランス仕込みの哲学がある。
「フランスはどんな業種でも基本、週35時間労働です。いいものを短い時間で作れるのがプロの職人で、それで商売を成り立たせ、皆の人生を豊かにするのが、プロの経営者です」
だから、職人の仕事をやりやすくするための機械の導入には積極的。これもオリヴィエ・バジャール仕込みだ。
「まぁバジャールさんとペルピニャンで仕事を始めたときには、ふたりとも寝てませんでしたけどね」
お菓子業界は儲からないし、労働時間も長い、そんな常識は、間違いだ。現にイチリュウは、残業はほとんどないにも関わらず、売上を伸ばしている。大輔さんも、若い菓子職人の卵に教えたり、フランス流のオリジナル菓子を開発したりして、自分の人生を楽しんでいる。
「いまはこれが楽しい」
納富大輔は、今日も壁にぶつかり、その壁が壊れるまで、ぶつかり続けている。