世界屈指のシャンパーニュ・ラヴァーの国、日本。パンデミックによる閉塞感から、いまだに抜けきれずにいるこの国で、シャンパーニュへの情熱が燃え上がろうとしている。2022年末、シャンパーニュの造り手たちの、数年ぶりの来日ラッシュが続いているのだ。1760年創業の歴史あるメゾン「ランソン」に新時代をもたらしたシェフ・ド・カーヴ(醸造最高責任者)エルヴェ・ダンタンもそのひとり。

英国王室御用達の老舗「ランソン」が今、何をしているのかを、ここであらためて紹介。

エルヴェ・ダンタン
1965年フランス・マルヌ県のブドウ栽培農家に生まれる。フランス各地のワイン産地でインターンシップを経験。ランス大学卒業後、1年間カリフォルニアのワイナリーに従事。1991年からシャンパーニュで22年の経験を積み、2013年よりランソンの醸造チームに参加。前シェフ・ド・カーヴ ジャン・ポール・ガンドン氏の仕事を引き継ぎ、2015年にシェフ・ド・カーヴに就任。

ランソンの流儀

 ぶどう栽培北限の地、シャンパーニュ。その冷涼な気候が生むシャープな酸と精緻なミネラルを味わいたいなら、「ランソン」を。シャンパーニュの多くのメゾンでは、青リンゴをかじった時のような酸を和らげるために、マロラクティック発酵(MLF)を行うが、「ランソン」では伝統的にMLFを行わず、ぶどう本来が持つ自然な酸を最大限に活かしてきた。みずみずしい果実味と、きりりとした酸がもたらすフレッシュさこそ、「ランソン」のスタイルだ。

 高い酸はまた、熟成においても有利に働く。ゆっくりと熟成に時間をかけることで、酸は丸みをおび、より深い味わいと余韻を生む。ノン・マロラクティック発酵は、長期熟成が許されるメゾンだからこそできる優雅な選択肢だ。

 ホリデーシーズンにきらびやかな広告や華麗なギフトボックスを展開するブランドではない。でもひとたび口にすれば、フレッシュで切れのいい酸と上質な旨味との絶妙なバランスに、ついついグラスが進むはず。その「実直さ」こそが、「ランソン」の魅力ではないかと思うのだ。

ガストロノミーが求めるシャンパーニュ

 創立は1760年と、数多あるシャンパーニュメゾンでも3番目に古く、ボトルには150年以上にわたる「英国王室御用達」の証が刻まれる。ラベルに描かれた赤い十字は、マルタ騎士団だった創業者ニコラ・ルイの誇りだ。オーナーは何度か変わり、91年には自社畑の多くを失うなどの苦難もあったが、「ランソン」はこの10年で多大な進化を遂げた。

 契機となったのは、2015年にシェフ・ド・カーヴにエルヴェ・ダンタン氏が就任したことだろう。2014年にはセラーへの大規模投資を行い、さまざまなサイズのタンクと樽を導入することで、より緻密な醸造が可能になった。

ランソン ブラックラベル・ブリュット
参考小売価格:¥6,000(消費税別)

 フラッグシップ『ブラックラベル・ブリュット』の現行は2015年をベースに、2003年から約20年分にもおよぶリザーヴワインを35%もアッサンブラージュする。「『ブラックラベル』は、ノンヴィンテージではなく、“マルチヴィンテージ”」というだけあり、その豊潤な熟成感が強い印象を残す。

 2014年から造り始めた『ブラック・レゼルヴ』は、「ガストロノミックなシャンパーニュ」。

ランソン・ブラック・レゼルヴ
参考小売価格:¥ 11,000(消費税別)

『ブラックラベル』のスタイルを継承しながら、リザーヴワイン比率が45%、格付け畑の比率も70%と高めで、7年にわたる長期熟成由来の濃密さはまさにガストロノミーな食卓にふさわしい。そういえば、カリスマシェフとして世界にその名を知られるアラン・デュカス氏がハウスシャンパーニュを委託したのも「ランソン」だった。どんな料理にも客層にも寄り添うキャパシティの広さと深さは、もっと評価されていいと思う。

わずか1haの「クロ」からはじまった挑戦の現在

『ブラン・ド・ブラン』もまた、ニューフェイスだ。

ランソン・ブラン・ド・ブラン
参考小売価格 ¥ 12,830(消費税別)

 気候変動が進む中、フレッシュでクリーンなシャルドネの供給地として期待が高まるモンターニュ・ド・ランスのシャルドネもブレンドした。「繊細なコート・デ・ブランのシャルドネと合わせるのは、火と水を合わせるようなものだが、デリケートでも豊潤さを併せ持つシャンパーニュに仕上げた」。

 サステナビリティにも力を入れており、オーガニック&ビオディナミの畑を16ha所有する。その象徴といえるのが、ランスの大聖堂を望む本社敷地内の自社畑「クロ・ランソン」だ。

クロ・ランソン
参考小売価格 ¥ 30,000(消費税別)

「クロ」とは、石垣に囲まれたぶどう畑の意味。1962年から続くこの畑ではビオディナミを実践し、収穫もスタッフが総出で行う。これまで「クロ」のぶどうは「ミレジム」にアッサンブラージュしてきたが、卓越したヴィンテージとなった2006年に、初めて単一畑の『クロ・ランソン』としてリリースした。さらに『クロ・ランソン』では、地元アルゴンヌとブルゴーニュの古樽を用いた樽発酵にも挑戦。どこかオリエンタルな香木のアロマ、しっとりとした余韻。月の満ち欠けを感じながら“メディテーション・シャンパーニュ”として楽しみたい一本だ。

ランソン・グリーンラベル・ブリュット・オーガニック
参考小売価格 ¥ 10,000(消費税別)

 2011年には、ヴァレ・ド・ラ・マルヌ地区にビオディナミの畑を購入した。この畑のぶどうを使ったシャンパーニュも2017年に『グリーンラベル・ブリュット・オーガニック』として発売。大手メゾンが手掛けるオーガニックシャンパーニュの先駆けとなった。「この畑をラボラトリーとして、すべての畑にサステイナブルな取り組みを広げたい」とダンタン氏の夢は膨らむ。

 オーガニックやサステイナブルへの取り組みは、決してマーケティング的な観点からではない。ダンタン氏が「ランソン」のスタイルに欠かせない要素として語る「生命力」(Vitality)のためには、ぶどう樹本来の生命力を引き出す努力が必要なのだ。

 グランメゾンでありながら、あくまでもぶどう樹を育む大地と向き合い、ストイックな精神でテロワールを表現する。やはり「ランソン」は、実直なシャンパーニュだった。