軽快で爽やかな、日本でもだいぶ人気のウイスキー「グレンモーレンジィ」のフラッグシップ『グレンモーレンジィ オリジナル 10年』が2024年8月に『グレンモーレンジィ オリジナル 12年』になりました。え、なんで? 何が変わったの? グレンモーレンジィの最高蒸留・製造責任者、つまり造り手のビル・ラムズデン博士に聞きました。
革命ではなく改良
──博士、早速ですが、なにゆえグレンモーレンジィ オリジナルを12年にしたんですか?
そもそも、私は約30年のグレンモーレンジィのキャリアの中で、改良を続けているんです。私にとって『グレンモーレンジィ オリジナル 10年』は、人生で初めて飲んだウイスキーと言っていいもので、その感動からウイスキーの道に入ったとすら言えるような存在です。だから、そのキャラクターを大きく変えたいとはおもっていません。
私ももう結構な年ですから、そう遠くないうちに引退するかもしれない。そういうときに、ビル・ラムズデン博士のところでグレンモーレンジィが全然違うものになった、ではなく、より良くなった。そう言われるような爪痕を残したいんです。
実は最初に手を入れたのは、今回、名前を変えた18年、『グレンモーレンジィ インフィニータ 18年』なんですよ。これは1995年にグレンモーレンジィに参加して、最初の1週間の間に試して、シェリー樽の影響が強すぎてグレンモーレンジィらしくないなぁ、変えたいなぁ、とおもっていて、1998年にマスターディスティラー(最高蒸留・製造責任者)になったときに真っ先に手を入れました。
それからも改良を続けていて、いまはとてもグレンモーレンジィらしくなっているとおもいますよ。
──そのグレンモーレンジィらしさとはなんでしょう?
オレンジ、ピーチ、洋梨、それにバニラやハチミツのフレーバー……スコットランドの蒸留所でもっとも背の高いポットスチル(蒸留器)、スコットランドでは珍しいミネラルに富む蒸留所の敷地内に湧く水、そして贅沢なバーボン樽を使うことで実現するデリケートな味わい。一言で言えばテロワールを表現したウイスキーです。なかでも『オリジナル』はもっともグレンモーレンジィらしい、フラッグシップです。
そして私はこれをよりグレンモーレンジィらしくしようとしているんです。例えば、ニューメイクスピリッツのカットポイントは蒸留してすぐの液体であるヘッド、その後のハート、最後のテールと分かれますが、私が入ってすぐはハートがビッグすぎて雑な印象があったんです。私はもっとハートはスモールに、よりフルーティーにしました。
ちょっと前に大阪で、私が改良する前の『グレンモーレンジィ オリジナル 10年』を持っているお店があって飲んだんですよ。それで、ん? これは私の造った10年のほうが高品質だぞ、と実感してうれしくなりました。
──では、10年が12年になったのもそういう改良の一環ということですか?
そうです。10年が12年になったからといって、別のものになったわけではなく、グレンモーレンジィらしさも失われていません。よりクリーミーでスイートで、上質な『グレンモーレンジィ オリジナル』になったとおもっています。
ただ、最初はどうかなぁとおもったんです。グレンモーレンジィには35人のテイスティングチームがいて、私は何も言わずに、10年と12年を試してもらいました。それで「どっちが好き?」と聞いて、私は50:50くらいに票は割れるだろうとおもっていたんです。ところが、95%が「12年のほうが好き」と答えたんですよ。予想外の結果でしたが、だったらやっぱり12年で行こうとおもいました。
──とはいえ、社内的に2年リリースが先延ばしになるのは問題じゃないんですか?
今回の挑戦は4年前に始まっていて、最初はちょっとシェリー樽を使ってみるのもいいのかな?とか色々と試行錯誤はしたんです。でも、そういう変化をつけるのではなく、12年熟成するのが、一番、グレンモーレンジィらしく、かつより上質だった。しかも、グレンモーレンジィにはすでに充分にストックがあったんです。だからビジネス的にも負担なく12年に移行できるし、セールスチームにも評判がよかったんですよ。ライバルが10年のところをうちは12年、というのはわかりやすく差別化になるって。
長期熟成のほうがより良いウイスキーとおもう人は多いですからね。正直に言えば、日本が一番、なんで12年にしたんだ?って聞いてくる印象です。日本のお客さまは簡単じゃないですね。ちゃんと理由を聞いて、味わって、判断してくれていると感じています。
──グレンモーレンジィは世界中で人気だとはおもうのですが、日本でも、かなり人気だと感じています。その理由はなんだとおもいますか?
スコットランドのウイスキー、いわゆるスコッチは、古き良き世界を大事にしていることで堅苦しく感じられたり、お高くとまった印象があったりする、ということはあるんじゃないかな、とおもっています。水で割るなんてとんでもない!とかね。でも、グレンモーレンジィはもっと自由で、楽しいイメージがありませんか? 聞かれれば、私も「グレンモーレンジィ インフィニータ 18年はストレートで飲んでみるのがオススメ」と言うかもしれませんが「そうじゃなきゃ私のウイスキーは台無しになってしまう!」なんて言うつもりはありません。もちろん、だからといってグレンモーレンジィはとても真面目に造っていますよ。改良も終わったわけではありませんしね。
──それは限定品などではなくてオリジナルにもまだ仕掛けがあるということですか?
オリジナルはグレンモーレンジィの基礎ですからね。すべてに影響します。最近、ニューメイクスピリッツを造るときのマッシング(麦芽のでんぷんを糖に変える糖化)や醸造にも手を加えているんです。よりニューメイクスピリッツの質を高めようとしています。この結果が味わえるのはもっと先の話ですが、ご期待いただきたいです。
グレンモーレンジィと樽
今回、10年が12年になったという話なので、ここでグレンモーレンジィのウイスキーを決定する重要な素材、樽の話を補足したい。グレンモーレンジィの樽への力の入れようは、並々ならぬものがあるのだ。
そもそもグレンモーレンジィは、樽をつくっている。しかもその工程は木の選定から始まっている。グレンモーレンジィはアメリカ・ミズーリ州のオザーク山脈の北の斜面から、年輪の間隔が狭く引き締まったホワイトオークを選び出し、これを材木にして2年間、天日干しにする。普通は、数カ月乾燥させたら、その後はオーブンなどで強制乾燥するのだけれど、自然に乾燥させたほうが、エグ味の少ない、落ち着いた味わいになり、スピリッツとの相互作用もより良いのだそうだ。
その後、これを樽に組み立てる。そして、いきなり樽の内部を強火で焼かずに、まずは低温でトーストしてからさっと焦がすという。
その後、これをバーボン樽にすべくテネシーウイスキーで知られる「ジャックダニエル」に貸し出してバーボン用に使ってもらい、それをグレンモーレンジィに運び込む。ここまでおおよそ8年かかるのだそうだ。この樽に、グレンモーレンジィのニューメイクスピリッツを入れて10年熟成。これがファーストフィル。その後、同じ樽にもう一度ニューメイクスピリッツを入れて10年熟成。これがセカンドフィル。このファーストフィルとセカンドフィルをブレンドして『グレンモーレンジィ オリジナル 10年』は造られていた。今回、ここを12年にした、というわけだ。
最後に味のことだけれど、ぜひご自身でお試しいただきたい。ただ、私は、今回、ビル・ラムズデン博士に10年と12年の比較をさせてもらって、正直に言うと、10年がなくなってしまうのは惜しい! 12年は確かによりクリーミーに、よりリッチなっているけれど、やっぱり10年はそれはそれで慣れ親しんだ軽快な味わいで美味しいのだ。カジュアルラインとして10年も残してくれないかなぁ……