モエ・エ・シャンドンが創業280周年を記念しつつ、2043年の300周年に向けて発表していくという「新しいシャンパン」たち。その第一弾となる「コレクション アンペリアル クリエイション No.1」とともに、最高醸造責任者ブノワ・ゴエズが来日した。

モエ・エ・シャンドン コレクション アンペリアル クリエイション No.1
ボックスなし 33,000 円(税込) ボックス付き 34,650 円(税込)/ 750ml

シャンパーニュの偉人がたどり着いた究極

ブノワ・ゴエズさんは1999年にモエ・エ・シャンドンに入社し、2005年、35歳の若さでモエ・エ・シャンドンの作品すべてを統括する最高醸造責任者の任に就いた。シャンパーニュ地方でぶっちぎり最大規模のメゾンの最高醸造責任者ということは、つまり、フランス経済を左右する組織の生命線を握る大役ということだ。日本で言えば、トヨタのクルマは全部、私がデザインしています、みたいな感じ?

まぁさすがにそれは言い過ぎかもしれないけれど、ワインはモエ・エ・シャンドンの生命線であって、ここがダメならどうにもならないのは事実。35歳でそんな大きなものを背負った人物が、もちろん、色々と苦労はあるのだろうけれど、その後20年も、こんなに伸び伸びと歩んでいけるものなのかと私はいつも不思議におもう。

右がブノワ・ゴエズさん。左は「コレクション アンペリアル クリエイション No.1」の世界限定85本のアートピースと限定デザインボトルを担当した現代アーテイスト ダニエル・アーシャムさん 

以前私は、なぜあなたは最高醸造責任者になったのか?とたずねたことがある。ブノワさんは「たまたま」と言った。「ちょうどモエ・エ・シャンドンに入社できて、ちょうど次の最高醸造責任者が必要なときで、ちょうどよく私がそこにいた。ほかにちょうどいい人がいなかったんだよ」だそうだ。私はそういうことを聞きたかったわけではないのだけれど、それ以上しつこくしても機嫌を損ねるだけだろう。

この人物は、同時に神経質と無邪気、ビジネスマンとアーティスト、学者と学徒だと私はおもう。私はモエ・エ・シャンドンが好きだけれど、好きな理由の9割くらいはモエ・エ・シャンドンのシャンパンを味わうとこの人物の複雑なパーソナリティを感じるところにある。

そんな人が「モエ・エ・シャンドンに所属した25年前から準備していたと言ってもいい、私の人生の個人的なプロジェクト。モエ・エ・シャンドンの280年の歴史と、私の立場のお陰で実現した究極のワイン造り」とまで言うのが「コレクション アンペリアル クリエイション No.1」だ。

これぞ私が待ち望んでいたモエ・エ・シャンドン

世の中には、作家性の強いワインメーカーとそうでもないワインメーカーとがいて、ブノワ・ゴエズさんは後者のようにおもわれているかもしれないけれど、私からしたら、前者よりの人だ。

ただ、モエ・エ・シャンドンの代表作「モエ アンペリアル」は、スパークリングワインならなんでもシャンパンという人でも知っているくらいの存在だから、ブノワさんもみんなに好かれるものを造ろうとするし、ここに作家性を見ようとする人は多くない、とおもう。残念だ。

ブノワさんの作家性が感じやすい作品に「グラン ヴィンテージ」がある。ただこれも、個性的なブドウが収穫された年にそれを造り手がどう表現するか、という条件で造られるものなのでブドウ:ブノワ比は50:50か60:40くらいというのが私の感覚。

私は今まで、そこに必死にブノワさんを探していた。そしてブノワさんに会える機会があると(嬉しいことにこの人はシャンパーニュまで行かなくても年に1度くらいは日本に来てくれる)恐る恐る、自分が見つけたブノワさんの爪痕が、本当にブノワさんの意図によるものなのかの答え合わせをしていた。

が、正直に言えば、私はそんなまどろっこしいことはしたくないのだ。私はブノワ・ゴエズさんが好きだ。あのモエ・エ・シャンドンを20年ひっぱってきた傑物ブノワ・ゴエズ。その本気のわがままが見たい! この人にここ20年程度のシャンパンを無数に与えて、さあこれで思う存分やってくれ!ブドウ10:ブノワ90くらいのモエ・エ・シャンドンを造ってくれ!そして1滴でいいからそれを飲ませてくれ!

まぁでも流石にそれはいくらモエ・エ・シャンドンでも見果てぬ夢だとおもっていた。が、しかし「コレクション アンペリアル クリエイション No.1」はほぼ、それだった。もう私ポイントはその時点で100点。飲んでみたら200点。しかもよく見たらNo.1と書いてある。なんかブノワさんは、現状すでにNo.4くらいまでは造るつもりで、No.2はもう大体できているんだそうだ。ありがとうモエ・エ・シャンドン!

こちらが先のダニエル・アーシャムさんとともに生み出された世界限定85本のアートピース

どういうシャンパンか?

というわけで、筆者はバイアスが強すぎるので「コレクション アンペリアル クリエイション No.1」がどういうワインかは極力データに基づいて紹介したい。

このシャンパンには7種類のワインがブレンドされている。全体のベースとなる42.5%は2013年のワイン。2014年に造ったそうなので、その時点で最新のワインだ。ステンレスタンクで熟成していたものだという。2013年は、その前の60年ほどのなかでも記録的なほどに冬・春と気温が低く、ブドウの開花が遅くなった年。花が咲いてから収穫までの日数は平均的だったので、ブドウが熟成したのが、他の年とは違い、夏の終わり頃から秋にかけてだったことが最大の特徴。酸度とアルコール度数(≒糖度)のバランスが非常によく、秋に成熟したことにより、独特のアロマを誇る。

そして、傑作年のひとつ、クールかつ複雑な2012年、アーシーな2010年、緊張感のある2008年、太陽が降り注いだ2006年、生き生きとした2000年を合計で42.5%。そこに、二次発酵後に瓶内で澱とともに熟成させた2004年のシャンパン(グラン ヴィンテージ 2004)が加えられ、ドザージュはついにモエ・エ・シャンドン初の0でフィニッシュ。

グラン ヴィンテージ 2013との比較では2013があっさりしたものに感じるほどに格が違う。ブノワさんが言うには、まず2013年が持っていない要素を持ったヴィンテージを求めて大樽で保管していたワインのストックを探る。候補を見つけたら、それらをどういう分量で組み合わせれば納得のゆくバランスに至るかを試しながら見つける。その後、これを補足できる要素をもったワインを求め、今度は瓶で保管されているシャンパンをテイスティングしてゆく。良いものが見つかったら、先のワインとどう組み合わせればよいかをまた試す。それでこれでよし、というものができるまで、ああでもないこうでもないを繰り返すそうだ。

大事なのはこの試行錯誤は別に2014年に限ってやったわけではないこと。「コレクション アンペリアル クリエイション No.1」の素材となった過去のヴィンテージワインのコレクションは、そもそも、こういう特別なワインを造るために何年もかけて構築されていったもので、唐突にできるものではないのだ、とブノワさんは強調する。

ちなみに来日したブノワさんはメガネのフレームの左右の形が違う

新しいシャンパンなのか?

「自分が見つけ出した新しいヴィジョンをチームと分かち合うのは難しいものです。まず自分が言語化する必要があります。コレクション アンペリアルを造るのは、理詰めでありながらもエモーショナル、エンジニアリングでありクリエーション、右脳と左脳を同じように動かす、科学と感性を行き来するようなそんな仕事です」

そう、ブノワさんは言う。ブノワさんは過去に「MC3」という、若干似たコンセプトのラグジュアリー モエ・エ・シャンドンを造ったことがある。これも素晴らしかったのだけれど「コレクション アンペリアル No.1」と比べて考えると「MC3」はより、右脳っぽい、もっとコンセプチュアルでロジカルな作品だったと感じる。「コレクション アンペリアル No.1」は”力み”みたいなものを感じない。シャンパンらしく、モエ・エ・シャンドンらしく、そのうえでモエ・エ・シャンドンでしかできないラグジュアリーシャンパンだ。

が、このシャンパンらしい、という共通理解の結構なパーセンテージをモエ・エ・シャンドン、特に「モエ アンペリアル」が構築しているのもまた事実だろう。そして、何がシャンパンらしいかは常に同一ではなく、時代や世代、文化によって変化する。分かりやすい例えで言えば、現在は辛口な「モエ アンペリアル」も、それが誕生した約150年前は現代のコカ・コーラのように甘い飲み物だったのだ。だから「モエ アンペリアル」は常に同一のように感じられながら、実際は斬新的に変化している。

今回、私は「コレクション アンペリアル クリエイション No.1」はモエ・エ・シャンドン300周年に向けて発表していく「新しいシャンパン」の第一弾だと聞いていたから、今後シャンパンはどうなっていくとブノワさんが考えているのか、 どうしても聞いてみたくて、実際、聞いてみた。そうしたら──

「未来を予言するのは難しいことですが、私は現在、2つの大きな流れがシャンパンでは同時に起きているようにおもっています。一方がコンスタントにシャンパンを飲む人に向けた、ドザージュの低減が象徴する、辛口の追求という傾向。もうひとつが、新しい消費者と関連付られやすい傾向ですが、ロゼやドゥミセック(甘口)のルネッサンス(再誕生・復活)です」

ブノワさんはどっち派?と聞いてみると

「消費者としては、私はコンスタントにシャンパンを飲む熟年の愛好家ですから、前者ですね。好みの問題で、ドザージュを減らしたい側です。一方、モエ・エ・シャンドンの最高醸造責任者として、そしてクリエイターとしては、様々なジェネレーション、文化に興味がある。私の家族には20代の子も3歳の子もいます。異なるジェネレーションはどこか遠くにいるのではなく、私たちのすぐそばにいるのです。私たちは彼らのために何かをしたいとはおもっても、区別して、排除はしないでしょう? 」

そういうのをインクルーシブと今では言うのかも知れないけれど、私はこの答えで、ブノワ・ゴエズさんの造るモエ・エ・シャンドンがさらに好きになったし、モエ・エ・シャンドンが好きな自分を誇りたい気持ちになった。