全長897kmのうち、600kmがカスティージャ・イ・レオン州を横切るドゥエロ川(ポルトガル読みではドウロ川)。ポルトガルから大西洋に注ぐ。

いつか行くであろうと思いながら、なんとなく後回しになっていたスペインへの旅のチャンスは、突然やってきた。とある州の、ワイナリーツアーに参加しないかと誘いを頂いたのだ。コロナ禍といわれ出して早2年半、異国の旅への渇望は最高潮に達していた。「行きます!」と、二つ返事で引き受ける。目指すはカスティージャ・イ・レオン州である。

職業柄、あらゆる料理を食べる機会に恵まれているが、国内でスペインの料理やワインに触れる機会はそう多くない。ヨーロッパ諸国の料理の中の二大メジャー、フランス、イタリアと比べると、差はあまりに大きい。さらに今回の行先はバルセロナでもサン・セバスティアンでもない。カスティージャ・イ・レオン。十ン年前にワインの呼称資格認定試験を受けたときに(有名な産地やぶどう品種を)覚えたきり、正直、思い出すチャンスがなかった地名だ。概要的な、最低限の予備知識だけを頭に入れ、マドリード行きの飛行機に乗り込んだ。

レコンキスタの最前線、国家のルーツとなる土地

アドルフォ・スアレス・マドリード⁼バラハス空港で合流したツアーのメンバーは、フランス、ドイツ、デンマーク、ポーランド、アメリカ合衆国、ブラジル…などなど世界15カ国から集まったジャーナリストたち。アジア人はマレーシア人の男性と私の2人だけで、「日本から」と、挨拶するや、皆からフライトの最長時間をたたえ、ねぎらわれた(ロシア迂回ルートでイスタンブール乗り継ぎのフライトは、羽田-マドリード間で20時間超えだった!)。バスに乗り込み、一路、カスティージャ・イ・レオン州へ。車内でガイド役のエステールが、スペイン語訛りの英語で話す説明を、予習と照らし合わせる。

カスティージャ・イ・レオン州はスペインに17ある自治州のひとつで、位置はマドリードの北西部。西側はポルトガルに接し、中世、レオン王国とカスティージャ王国の中心だった地域で、スペインという国家のルーツにあたる土地なのだという。山脈に囲まれた広大なメセタ(高原)で、平均標高は830メートル。ローマ時代の水道橋があるセゴビアを筆頭にユネスコの世界遺産が8つ(!)もあり、教会や修道院、美術館、博物館と見るべきものは、たとえ今からこの州に住んだとしても一生かけても見終わらないくらいある。畜産王国でもあり、さまざまな品種の牛、羊の品質は欧州でもトップレベル。伝統的なパンあり、チーズありと、食の豊かさは語るに事欠かない……もちろんワインも……などなど。

よく知らなかったけれど、なんだかいいところそうじゃないか。期待値は十分。しかし、窓の外の景色はいつまでも変わらない。土埃が舞う黄土色の大地が広がり、遠くにまっすぐの地平線が見える風景が延々と続くだけだ。時折、牛や羊の放牧風景が見える。1時間半ほど走って初めて「WINERY」と書かれた看板が見えたときには、ほっと胸をなでおろしたほどだ。

空港から移動中の、バスの窓から。数時間、延々とこの景色が続く。

胃袋から湧き上がる「スペインに来た」という実感

最初の訪問地はサモラ。カスティージャ・イ・レオン州にある9つの県のうちの一つ、ローマ人が興した都市で、中世からアラブ人とキリスト教徒の戦いの舞台になってきた複雑な歴史を持つ。

こぢんまりした地方の都市・サモラ。3年ぶりの欧州旅で目に映るものすべて新鮮。川岸でガチョウが群れをなすのどかな風景。対岸の古い町並みも美しい。

空港を発ってから約3時間、昼の時間はとうに過ぎ、私も含め一行の空腹はピークに達していた。バスを降り、昼食をとるレストラン『RESTAURANTE Sancho2』へとなだれこむ。

一軒目に訪れたレストラン『RESTAURANTE Sancho2』。お昼時、地元客で混み合っていた。

こぢんまりとして感じのいい市街地に建つ石造りの『RESTAURANTE Sancho2』は、ヨーロッパの都市に行けばどこにでもありそうな雰囲気だ。テーブルセットもよくいえばクラシック、悪くいえばちょっと野暮ったい。

ここで出てきたのが土地の名物という、サモラライス。豚の耳や頬、豚足などを使った伝統的な米料理で、多めの汁気には豚のモツ(豚耳や豚足など)のゼラチン質が十分に溶け出し、ピメントンの香りが効いている。

サモラライス。豚一頭を「余すところなく」という考えから生まれた郷土料理だ。

グラスに注がれたのは、スペインを代表する黒ぶどう・テンプラニーリョ種で醸す地酒。料理と一緒に口に含んで「なるほど!」と声が出た(日本語で)。とろりとした動物の脂の粘性は適度なタンニンを必要とし、ピメントンの燻香が樽の香りと重なる。どちらも過度に洗練されていないのが、土地の味の必然をよりダイレクトに伝えて来る。「スペインに来たのだ!」という実感が胃袋の底から湧き上がってきた瞬間だった。

メインディッシュは牛肉。豚肉のイメージが強いスペインだが、牛肉も非常に高品質。

この日から4日間をかけて、サモラ、アリベス、シエラ・デ・フランシアと3つのワイン産地を回った。ワインのいろはをざっと一通り学んだのはもう10年以上前だが、いずれも当時の教科書で、大きくは紹介されていなかった産地だ。

食後酒は、かす取りブランデーに33種のボタニカルを漬け込んだハーブリキュール。

ほかのジャーナリストたちにスペインが初めてであることを伝えると「ウソでしょう? それがカスティージャ・イ・レオンだなんて!」「なんて珍しい人なの!」と驚かれた。が、結論から言うと、カスティージャ・イ・レオン州は素晴らしかった。またスペインに行けるなら、もう一度、同じルートで旅をしたいと思ったほどである。いったい何がよかったのか。数回に分けてお伝えしていこうと思う。

初日のディナーで訪れたカフェの前で撮影。午後8時、いつまでも続く夕空は、夏の欧州滞在の楽しみ。

取材協力:カスティージャ・イ・レオン州観光局・スペイン政府観光局