州を代表する料理、乳飲み仔羊の窯焼き。豪快なビジュアルとは裏腹、味わいは繊細。肉質は素晴らしく、火入れは完璧で、塩加減も申し分ない。東京の料理人の友人たちに食べさせたいと思った。

旅を振り返って一番に思い出すのは、行く先々で食べた料理のおいしさだ。「旅の楽しみ=食べること」という胃袋人間なので、出発前に渡された行程表に記載のあるレストランはすべてざっとチェックしたが、ガイド本やレストランランキングに名を連ねる店はないし、それどころかGoogleで検索してもたいした情報すら出てこない店がほとんど。「まあでも、土地のものが食べられれば」くらいの低い期待値(失礼)で挑んだものだから、軽いカルチャーショックだった。正味4日間の旅で、昼夜の食事をした店すべてに、思わず目を見開くほど旨いものが必ずあった。

さびれたカフェで食べた、我が人生最高の乳飲み仔羊

たとえば初日、サモラの夜に案内されたカフェ。バスから降りるや、あまりにわびしく怪しい店構えに落胆した。入口の冷蔵ケースにサラミ類が乱雑に陳列され、薄暗く埃っぽい店内には古いゲーム機が並び、お客は食事ではなくビールなんかを軽く一杯やりながらサッカーのテレビ中継を見ている地元の人がほとんど。不安な気持ちだけが膨らみ、ここは”試練”と身構えた。

以前にも海外でワイナリーを巡りした経験はあるのだが、田舎から田舎へ車で旅をしていると、移動経路上に「ほかに選択肢がない」というのはあることで、きっとそういうことだろうと理解したからだ。ところが、ここで食べた仔羊が素晴らしかった。

乳飲み仔羊の前に出たサラダも絶品。ホワイトアスパラは加工品(水煮)だが悪くなく、葉野菜やトマトが驚くほど旨い。ドレッシングの酸味も完璧。

30センチを超えるオーバルの皿に、腿肉を一人一本(「マジか」と心の中でひとりごちた)。味付けは塩だけ、付け合わせはジャガイモだけ。じっくり、中までしっかりと焼き切った肉は、身質が細やかで甘く、皮のパリっとしたところ、塊の内側のほろりとジューシーなところの対比も美しく、するする食べられる。聞けば羊肉は、カスティージャ・イ・レオン州の特産品の一つで、草を食べる前のいわゆる“乳のみ仔羊”は、ガストロノミーの世界でも引っ張りだこなのだとか。もちろん、日本でも欧州各地から輸入された乳のみ仔羊は、高級食材として流通していて、レストランで食べたことはあるのだが、これが産地の利なのか、調理方法ゆえか、とにかく記憶に残る旨さだった。でも、もしまたサモーラに行くことがあったとして、あのさびれたカフェにたどり着くことができるだろうか……

ガルバンゾ(ヒヨコ豆)の煮込み。ハムの端っこのダシとピメントン。ザ・スペインの味。

豆、いも、肉、チーズ。毎日同じなのに、食べ飽きない味。

旅の間の食事は、すべてこの調子だった。

店構えはごくふつう(か、それよりちょいイケてない)、海外から外国人客が来るのは年に何回だろう?と思うような店でも、旨いものがある。

前菜はシンプルなサラダか、豆の煮込みやスープ。メインは、先述の仔羊に加え、スペイン産食材としては世界的な知名度を誇るイベリコ・ベジョータ、あらゆる種類の牛肉。

スペイン原産・イベリコ豚の最高峰、どんぐりの実を食べて育ったイベリコ・ベジョータ。ナイフで切ると切断面が赤く、日本産の豚肉とは明らかに違う。

デザートはほぼチーズケーキ(盛り付けが古臭いが、味は目が覚めるほど旨い!)。毎日だいたいその繰り返し、でも、全然飽きない。肉はすべて素晴らしかった。日本で漁師町に行くと、どこに行ってもピカピカの刺し盛りが食べられる、みたいなことだろうか。豚も牛も、引き締まった赤身で過度な脂がなく、香り高く旨みに凝縮感がある。ごくシンプルだけれど勘所を外さない焼きもさすがは、肉の国。

シエラ・デ・フランシアの『IBERICOS CALAMA』で食べた牛肉のステーキ。脂がほどよく、香り高い赤身の旨さが勝っていて、毎日でも食べたい。

ロンドン在住のフードジャーナリスト、ミーナ・ホランドの『食べる世界地図』(清水由貴子訳、エクスナレッジ)に、ロンドンで何軒ものレストランを経営するスペイン人シェフの言葉が引用されている。

「スペイン料理、とくにエクストレマドゥーラ(カスティージャ・イ・レオンの南側にある州※筆者注)やカスティージャ・イ・レオンの料理の特徴は、材料に自己主張させるの一言に尽きる」

日本のスペイン料理店でも見かけるピキージョ(赤ピーマン)のバカラオ(塩鱈)詰めにも出会えた。アリベス滞在時のホテルダイニングにて。

同書によれば「比較的最近まで少数の権力者による支配が続き、人々の手に入る食材も限られたものだけだった」「昔から貧しく禁欲的で、料理も例外ではなかった」と、ある。同時に、メセタの乾燥した気候は穀類、豆類の栽培に向いていて、スペイン国内でもっとも牛の数が多く品種も豊富で、世界が羨望する豚も育てられている。スペイン料理の味付けの要ともいえるピメントンもこの地が原産。帰国後、たまたま手に取った本で、単調なのに、飽きない味の理由がストンと腑に落ちた。

シエラ・デ・フランシアのワイナリーで、テイスティングの際に振舞われたパタタス・レボルコナス。じゃがいものペースト、ピメントン、塩豚でつくるタパスの定番。どこに行っても出てくる。でも本当に飽きない。

 三姉妹が切り盛りするシエラ・デ・フランシアの百年食堂

店よりも料理そのものや素材の良さが強く印象に残った旅の中で、シエラ・デ・フランシアの山間にある『RESTAURANTE EL MOLINO(スペイン語で「水車小屋」)』という名のレストランは素敵だった。

『RESTAURANT EL MOLINO』。階段のそばにオーナー三姉妹(のうちの二姉妹)の姿が見える。

訪れた6月は70席くらいの庭がメインダイニングになっていて、昼の営業は満々席。おでこをくっつけながら食事をする恋人たち、犬をなでながらの老夫婦や家族連れなどいろんなゲストがいて、食事に飽きた子供たちはさらに広い裏庭でサッカーしたり川遊びしたりとのびのび。

昔、製粉所だった建物を改装したレストランなので、すぐそばを川が流れている。

もちろん料理も素晴しかった(やはりシンプルなサラダに焼きっぱなしの肉と、飾りっ気は一切ないけれど)。自由でリラックスできるのに、ちゃんと品があるのは、三代続く店を切り盛りする三姉妹が醸す空気によるもの。

うずらの肉と卵を載せたうずらのサラダ。熟成感のあるフルーツビネガーのドレッシングで。葉野菜いろいろがとにかくおいしい。

手際よく分け隔てなく一切ベタベタしないのに、とても感じがよく、彼女たち同士ですれ違うときだけきりっと厳しい表情で何か確認し合う様子に胸を打たれ、釘付けになってしまった。誇り高きプロフェッショナルたち。星付き店や世界のレストランランキングを賑わす有名店にももちろん行ってみたいけれど、100年近い歴史を重ねて今もバリバリ現役という“地元の三ツ星”店にどうにも憧れる。思いもよらぬところで出会ったこういう店での時間は、旅の宝だと心から思う。

東京の90年代のカフェのチーズケーキようなビジュアルだが、これが素晴らしい。チーズが違う、と感じる。ブルーベリージャムも甘すぎず混じりっ気ない味。

取材協力:カスティージャ・イ・レオン州観光局・スペイン政府観光局