高級ワインへの入り口といえば「ブルゴーニュ」はやはり定番だ。とはいえ、ブルゴーニュの名品は、なんだかんだと言いながらも、希少化、高騰化を続けているのが実情。先輩から「私の若い頃これは◯万円だった」などという話をされても、後の祭りというものだ。ところが、やはり高級ワインの定番かつブルゴーニュワインと比較されることも多いイタリアの「バローロ」が、ユーザーフレンドリーなアップデートをしているようだ。

今回は「エノテカ」開催のセミナーから、最近のバローロ事情をリポート。今、コレクションを構築するならバローロはありかもしれない。

バローロの名門「カヴァロット」のワイナリー。バローロの中心地に位置するカスティリオーネ・ファッレット村にある

名ワインのラストワンマイル

ブルゴーニュにワインの取材に行ったときに「これは無理だ」とおもった。

ブルゴーニュには赤ワインを生み出すブドウがピノ・ノワールというブドウ1種類しかない。白ワインにはシャルドネとアリゴテという2種類のブドウが使われるけれど、これらを入れても3種類のブドウしかない。それぞれを混ぜる、ということもないし、エリアによっては使うブドウは1種類だけ、などというルールがあることもザラ。しかも大半の生産者は小規模で、畑のサイズも小さい。つまり、1ワイナリーが1年に造るワインのパターンは多くないようにおもわれるし、ある程度ざっくりエリア単位で見ても、そうそう差など出ないようにおもわれるのだ。が、実情はまったくそんなことはない。

赤ワインだけでも違いすぎてわけがわからない。ひとりの生産者の小さな畑の、あっちのブドウとこっちのブドウで違うワインができ、同じ村でお隣同士のワイナリーAとワイナリーBなどともなれば、もうまるっきり違うワインを出してくる。そういう現実に直面して、私は早々にブルゴーニュを理解するというベンチャーに対してサジを投げた。

なんたら村にはカクカクシカジカの特徴があり、何年は暑かった、とかいった教科書的知識が役に立たないとは言わない。それを知っていることは大いにワインの理解を助ける。しかし、知識と実際のワインとの間にあるラストワンマイルは非常に意義深いもので、このラストワンマイルにこそ、ブルゴーニュの本質があるように私は感じている。

ブルゴーニュワイン好きのアコーディオニストcobaさんにブルゴーニュワインの魅力をたずねたことがある。cobaさんは、造り手の匂いがするのが好きだ、とおっしゃっていた。私は膝を打った。これぞまさにラストワンマイル。同じアコーディオン、同じ楽譜でも、cobaさんが演奏すればそこにcobaさんを感じるのと同じだ。

そして、このブルゴーニュに似ている、と言われるイタリアのワイン産地がバローロ。イタリアの北、トリノが州都のピエモンテ州にあり、冷涼な気候、起伏に富んだ土地、赤ワインに使うブドウは基本的にネッビオーロというブドウひとつというのが基礎知識。約2,000ヘクタールに1,000軒以上のワイン生産者がいるとも言われる……(ブルゴーニュは約3万ヘクタールに4,000軒だという)

バローロの立体地図の一部。ピエモンテは綴りこそ違うけれど、山(モンテ)の足(ピエ)を語源としていて、起伏に富み、地質が多様な山の裾野。色分けされたところでクリュ(単一畑)が分かれる

5人の高級ワインはやはり全然違う

とはいえ、今回はバローロに取材に行くわけではない。「エノテカ」さんにピエモンテ州の生産者5人を日本に迎えたので、セミナー&試飲に来ないか?とお誘いいただき、それに乗っかっただけなのだ。5人のうちのおひとり、ガブリエーレ・オッケッティさんだけ「ジュゼッペ・コルテーゼ」というバルバレスコ村のワイナリーの創業者、ジュゼッペ・コルテーゼさんの娘さんの旦那さんなのだけれど、あとの4人はバローロのワイン生産者。隣同士のくせにやたら仲が悪いブルゴーニュとボジョレーと比べれば、バローロとバルバレスコはご近所さん仲も良好のようで、ブドウも同じネッビオーロを使う。

左から「ジュゼッペ・マスカレッロ」のエレナ・マスカレッロ、「ジュゼッペ・コルテーゼ」のガブリエーレ・オッケッティ、「ブルロット」のファビオ・アレッサンドリア、「マッソリーノ」のフランコ・マッソリーノ、「カヴァロット」のアルフィオ・カヴァロット

では、この5人はなぜ来日したのか? 最近のバローロ、およびバルバレスコ事情を説明しに来てくれたのだ。

先に言っておくけれど、やっぱり想像どおりで、彼らのワインのラストワンマイルは造り手次第だった。

今回は、ネッビオーロ以外のブドウから造られたワインも試飲できたのだけれど、ややこしくなるからネッビオーロだけで比べるけれど「ブルロット」の最上級『バローロ・モンヴィリエーロ 2019』(税込13,200円)は、酸味こそ穏やかだが、ものすごいエネルギーを内に秘めた情熱的ワイン。「カヴァロット」の『バローロ・リゼルヴァ ブリッコ・ボスキス ヴィーニャ・サン・ジュゼッペ 2017』(税込28,600円 )は、威風堂々たる風格。湿った秋の森の香りをイメージさせるような、いささかのスパイシーさをともなった味わいは、おそらく造り手の土地とネッビオーロへのラブレターだろう。今回のメンバーの内でも有名な「ジュゼッペ・マスカレッロ」による『バローロ・モンプリヴァート 2019』は税込46,200円! 酸とタンニンをはじめ、ぎょっとするほど滑らかでエレガントだった。飲み頃は多分、20年後くらいなのだろうけれど、今時点でここまでまとまっているので、どうなっちゃうのか、私にはもう想像がつかない。「マッソリーノ」の『バローロ・ヴィーニャ・リオンダ・リゼルヴァ 2017』(税込30,800円、ただし2016年だと税込41,800円)は、最初が滑らかで、後からタンニンや酸味が力強く、にもかからず刺々しくなく現れるドラマチックなワイン。私はこういうワイン、個人的に好みだ。素晴らしい。唯一、バルバレスコの「ジュゼッペ・コルテーゼ」の『バルバレスコ・ラバヤ 2020』(税込16,500円)は、香りも味わいもとにかくバランスに優れ、複数の要素を含みながら、どれもがオレがオレが!と主張しすぎないところは見事な腕前!と舌を巻かざるを得ない。その上で、タンニンにちょっと塩っぽい旨味があって美味しい。

左からジュゼッペ・マスカレッロ『バローロ・モンプリヴァート 2019』、ジュゼッペ・コルテーゼ『バルバレスコ・ラバヤ 2020』、ブルロット『バローロ・モンヴィリエーロ 2019』、マッソリーノ『バローロ・ヴィーニャ・リオンダ・リゼルヴァ 2017』、カヴァロット『バローロ・リゼルヴァ ブリッコ・ボスキス ヴィーニャ・サン・ジュゼッペ 2017』

と、同じブドウ品種、同じバローロ・バルバレスコでも、個性はバラバラ。ブドウの収穫年、産地が違うから? 当然、それも理由ではあるだろうけれど、造り手を目の前にしてワインを試してみれば、やっぱりそれぞれ、造りたいワイン、届けたい相手が違うのだ。ワインは畑から自動的にできるわけではない。

最近起きている、いいこと

だからこそ、ワインは自分で味わって、造り手の匂いを感じてみるのが一番だ。上に挙げた5つのワインはどれも品質は飛び切りで、それを保証する名声もある。しかしだからといって、私が好きだと言ったマッソリーノをあなたも好きな保証はないし、高級ワインには高級だという問題がある。ちょっと試しに……というのはなかなか勇気のいる話で、えいやと手にしたワインが好みでなければ、それは残念なことであり、かつ、そういうことはワインの世界ではあり得ることだ。

さて、ここからが今回の話題、最近のバローロ・バルバレスコ事情なのだけれど、いま、この産地のワインは品質的には良くなっていて専門家の評価も上がっている、という。もともと専門家の評価は高かった気もするけれど、よりバラツキが減って高い次元で安定しているというのだ。

そのひとつの理由は、寒冷な産地でしばしば聞かれる話で、温暖化のおかげでブドウがちゃんと熟さないという問題が起きづらくなっているとのこと。ネッビオーロは繊細で、栽培が難しいブドウなのは変わらないけれど、熟すまでに時間がかかる代わりに暑さには比較的強い。問題は熟す前に寒くなっちゃうことで、このブドウは冷涼地を好むのに寒いのには弱いのだ。そのため、これまでは暖かい畑=良い畑、となりがちだったけれど、温度的に寒くてビハインドだった畑でも良いネッビオーロができる場所が見つかってきているのだそうだ。

栽培の習熟度も上がっている。とりわけ最近、ワインの旨味はフェノールがきちんと成熟したブドウを見極めて収穫できるかどうかが鍵である、とされることが多いけれど、こういう知見はバローロでも蓄積されているという。

オーガニックなど自然な農法での栽培も早期に広まった地域で、すでに20年程度続いているところもあるという。これでブドウの基礎体力があがっていることも品質向上の理由として考えられるそうだ。

ジュゼッペ・コルテーゼが誇る、バルバレスコはラバヤの畑。希少かつ歴史的な名産地であり、当然のことながら持続可能性なシステムで管理されている

もちろんこれらは、そうでなかった場合を実験して比較するようなことができないから、科学的根拠を得るのは不可能なのだけれど、上述のような要因と、そういう話をするためにわざわざ日本にまで来てしまうような生産者の誠実さが、バローロおよびバルバレスコの実力を底上げしているようで、2010年以降は、ハズレといえるような年はないと考えていいのだそうだ。近年だと2016年、2019年、2021年はVery Good。2011、2012、2018年もGoodだという。そして、それ以外の年も、がっかりさせない、とのことだ。

これとあわせてもうひとつ、とても素晴らしいことが起きていて、すぐ飲んでも美味しい、という。バローロの高級ワインというのは、発売後10年程度であけたら、まだ早いなどと言われるワインの定番で、辛抱と忍耐を要するものだった。とはいえ、リリースしたてを一本試して、むむ、これは現在は荒々しいが20年後には化けるぞ!1ケース買っておこう!なんていうのには、それなりの訓練が必要なようにおもう。

それが、すぐ飲んでも美味いし、そうであるならば10年、20年後も期待できる、というのであれば理想的ではないか。もちろん、本当にそうかは10年後、20年後になってみないとわからないけれど、同じワインを1ケース買って毎年1本試すなら、毎年、熟成による違いが生まれる、などという話も今回のメンバーの口からこぼれた。

年による明確な不利がなさそうなのと、すぐ飲んでも美味しいというのは試飲でも実感できた。今回のワインは、どれも全然できたばっかりなのに、十分すぎるほど美味しかったし、2017年のワインに、この年はあんまりブドウが良くなかったんだろうな、という感覚も抱かなかった。

まぁ、私がそんな、聞いてきた話とちょっと上澄みだけ試したワインをもってして、どうこう言うのも心苦しいことではあるけれど、ただワインを楽しみたいのなら早めにワインを手に入れておくに越したことはない、とだけは言っておきたい。そして、その選択肢のひとつに現在のバローロとバルバレスコを入れておくのはどうも悪くなさそうだ。