文=林 美里   イラストレーション=Chloe Takahashi 

梅雨入り前のよく晴れた日は

さぁ、何着よっかなぁ、、、

寝起きの頭でぼんやり呟く。そして窓の外を見る。
良く晴れた朝だ。
天気を確認しつつ今日の予定を頭の中で整理し、
会う人の顔を思い浮かべる。

最高気温28度 晴れ時々曇り 夕立に注意。
お昼前には都内へ。
打ち合わせを兼ねたランチを済ませ、
バルトーク「Music for Strings, Percussion and Celesta」のスコアを探しに。
夕方は久し振りに会う知人とお茶をし、19時にはスタジオで作業。
忙しい一日になるなぁ、、、

よし、リネンのロングワンピースにしよう。
梅雨入り前のよく晴れたこんな日には、ピッタリだ。
縦糸横糸にシルクを織り込んだこのドレス、
光を受けた生地が躍るたび美しい光沢を放つ。
同じデザインで五色作ったカラーの中、どれにしようかなぁ? 悩ましい。
不意な夕立を考え雨染みが目立つベージュは却下。
室内照明にも映えるシルバーグレイに。
ヘビロテのこのドレス。
仕入れた生地で、長いお付き合いのお針子さんにお願いして作ったもの。
裁縫の事なら何でも知ってる彼女。
私の頭の中のデザインを見事にブラッシュアップ!
生地をひっくり返しては、あーでもない、こーでもない、
とおやつを食べながら過ごす時間は、至福の時!
ステージ衣装の多くは彼女の手によるもの。

トレンカはバックに柄入りのチラ見せ。スッキリ、ブラックをチョイス。
スリットが入っているワンピースにピッタリ。
足が細く見えますように、、と願いを込める。

靴は自分の足に合わせセミオーダーした
シルバーレザーに高さ7センチのコルクソールのミュールサンダル。

 

私は物持ちがいい

寒がりの私は真夏でもショールをバッグに忍ばせている。
コバルトの上品な光沢が美しい、シルクのショールを手に取る。
アシンメトリーに機おりで織られた、エスニックなシルクショール。
手に入れて20年。その美しさはちっとも色褪せない。私は物持ちがいいのだ。

アクセサリーはアンティーク。大きな水牛ボーンのピアスに、
ジェットガラスのブラックネックレス。
そしてルビーの指輪を中指へ。これは祖母の形見、私のお守り。

最後は髪型。
夕立の予報に、おろし髪のくるくる、うねうね を想像すると気が乗らない。
時間もないので今日はポニーテール。

よし、気分が上がってきた!
パラ、パッパッパッパッパッパッパパパパパー♪
ワーグナーの「タンホイザー行進曲」が鳴り響く。
そんな感じで、私の一日が始まる。
でも、こんな晴れやかな日ばかりじゃない。
「なんでこの靴かなぁ? 大失敗、、いっそ裸足になりたい!」
そんな失敗でもしようものなら、心はどしゃ降り、、
時にはそんな、あれやこれやを面倒に思う事も。
けれどもこれも音楽と同じ、大事な自己表現。おざなりには出来ない。
自分のルックスとセンスはさて置き、
女性として気持ち良くオシャレに着飾って綺麗にしてたいと思う。
「女を楽しまなくっちゃ、、。」

 

「カマクラワンピースマニア」なるイベント

私は洋服が大好きだ。
小さいころから音楽漬けの暮らしの中では同級生たちと わいわい 街に繰り出すことも、
明日のデートを楽しみに わくわく する夜を過ごす事もなかった。
オシャレをする事だけがたった一つの心の拠り所だった。
あんまりにも好きすぎて、
毎夏鎌倉と六本木で「カマクラワンピースマニア」なるイベントを始めた。
今年でもう9年になる。
だからこの季節、ちょっとだけ音楽家は休業。お洋服屋さんにへんしん。
このコラムが掲載される頃には、
「最近どう?」とか「いいね〜!」なんてメチャはしゃいで、
夢だったお洋服屋さん「ごっこ」を満喫している。

イベントを始めたきっかけのひとつは、私のステージ衣装を見た女性奏者たちから
「私にも作って!」というリクエストの声を頂いたって事もある。
そうやってドレスを作っているうちに、
「これ、楽しいかもっ!?やっちゃう?」な〜んて、図にのって今に至った。
他の業種同様クラシックの世界においても、私たちが衣装と呼ぶ仕事着がある。
それは一見皆似た様に見えて、実は各楽器奏者によって特性が異なる。
そこを理解している私に需要があったのだろう。

そう、演奏家の衣装選びはなかなか難しい。
例えばピアノ。この楽器は横からと後ろからのシルエットの美しさが大事。
座った時のスタイルがふわっと、スッとしていないとダメ。
だからシワになったり、まとわりつく生地はもちろん、薄い物も避ける。
立ったらお尻に汗染みが、なんて目も当てられない。
腕回りがタイト、袖が長いとか弾き難いものは全部ダメ。
鍛え上げられた横隔膜が大忙しな声楽は、
身体の伸縮に対応出来るよう、締め付けがなくゆるふわ衣装がベスト。
ストレートのワンピースは楽チンだけど、
シルエットをきれいに作りたいなら、ゴムやリボンでシェイプ。
演じるという要素がある声楽は、演目のイメージに沿った衣装選びが肝心。
ハープはエレガントなイメージ。奏でる姿はまるでミューズ。
けれども見た目と裏腹、大変な楽器だ。
きつく張られた弦をつま弾き、ペダルを忙しく踏み替えハーモニーを変える。
エレガントに映っても、ペダルを踏み替える足は大忙し。
なのでバタつく足元は長いスカートで隠す。

「衣装を選ばない楽器って、何かあったかなぁ?」としばし考える。
チェロは足が開かないとダメだし、バイオリンなんてNGだらけ。
う~ん、ファゴット、ホルン、、、全部何かしらある。

 

私のフィロソフィーに大きな影響

学生時代ある人と話をした。
その時の会話が後の私のフィロソフィーに大きな影響を与えた。

卒業間近なその頃、私はパリに行くべきかどうか思い悩んでいた。
周囲の人たちは皆パリ行きに賛成をしなかった。大好きな祖父を除いて。

5歳から歩を進め、ここまでやっと辿り着いた。
そこに立つ自分の足元は見えていたけど、
そこから先の道のりはいくら目を凝らしても、
まるで霧で霞んだように、灰色にぼんやりとしていた。
私は不安で足がすくんだ。
そんな悩める青春時代のある日のこと。

「君は歩く鯉のぼりみたいだねぇ、、」
まぁ、今日はちょっと派手かな?とは思ったけど、「ダメですか?」と尋ねた。
「うん、ダメ。」(おい!即答かよ)

「でもいいんだよ、鯉のぼりだって。
いろんな格好して、いろんな色試してさ、恥もいっぱいかいて、
そうやって自分が似合うものを探す時間だから、、今はね。」
(えっ、完全ダメ出し じゃん、、)

おのずと話題はファッションについて始まった。

彼曰く、ブランド服を纏って、雑誌のコーディネイトをなぞっても、
イコールおしゃれな人にはなれない。
人には似合う格好、似合わない格好というのがある。
その人の持つ体形や肌の色、質感だったりは如何ともし難い。
故にすべきは自分を直視して欠点を自覚する事。
では、そこを隠せば良いか?否、そう簡単な事じゃない。
自分が欠点だと思っても、他人の目からは魅力に映るかもしれない。
そこは難しいところ。
だから今は色んな服にトライして、テクニックを磨けばいい、と。

(好きな服を好きに着たいのになぁ〜、 それに私欠点だらけだ。しゅん、、)

 

まるで私の師匠のレッスン

「でもね、それよりもっともっと大事な事があるんだよ。」
(うっ、コワイ、、何!? このおじさん。やけに鋭いし。)
話を聞いている私は妙な感覚に襲われた。
 そうだっ! まるで私の師匠のレッスンだ。

「オシャレと着こなす、の違いわかる?」
私の狼狽ぶりも意に介さず、畳みかける様に続けた。

「たいがいの人は  着 られてるか、 ただ 着 るか、オシャレに 着 ているかで、
服を着こなしている人は、そうそういるもんじゃないんだよ。」
(はぁ〜?????)
「ぽかぁ~ん」とする私をよそに話は続く。

「若く見せようとするな。年を取る事から目を背けるな。
40代になった女性が20歳の娘と同じ格好してたら?
若さだけで着こなせる事も、まぁある。
でも40代なら? もし50代になったなら、、?   何 で着こなすの?」

「着こなすという事は、コーディネートの知識とテクニックを積み上げ、
その上で自分が積み重ねた数多の経験の記憶からカタチ創られた、
唯一その人だけのパーソナリティーが際立ってこそ 出来る芸当なんだよ。」

軽い雑談から始まった話だったけど、段々と彼の話に引き込まれる自分がいた。

「それって音楽の道と同じじゃない?
音大を卒業したら、たまご から音楽家の端くれだろ。
演奏家としての知識とテクニックはだいぶ身についただろ?
でもプロって上手いだけじゃダメなんじゃない?
芸術って、情熱、歓喜、慟哭、執念、静心、感謝、狂気とか、、
そんな感情を命がけで作品に落とし込む事だよね。覚悟がいる道だよ。
人の心を動かすのは大変。それがなければ感心されても、感動されないよね。」

「フランスに行くんだろ?未知の世界に飛び込んで、
心震わす経験をいっぱい積むといい。
それに君は女。誰かに目一杯愛される事も、、
それ以上に狂おしいほど誰かを愛する事も。
愛しすぎる悲哀を知る事は、愛される喜び以上に
君に深みをもたらすはず。そうして自分の感性を研ぎ澄ますといい」

 

本当のプロフェッショナル

「辛い事もいっぱいあるだろう。でもそんな経験を腐らず
素直な気持ちで受け止め積み重ね、自分だけのセンスと強さを身につけな。
それを手に入れれば、本当のプロフェッショナルになれるよ。たぶん、、、」

「そうして年月を重ねていった先、やがて皆から素敵だね、と
いわれる装いが出来るようになるさ。
それこそ君が辿り着いた、君が本当に着たいものだと思うよ。」

私はすっかり彼の「伝えたい心」を纏った言葉の数々に魅せられていた。

「でもね、もっとその先があるんだ。本物になるには、、」
「そのうちわかるかも、ね。」

最後に意味深な「なぞ?」を残してその話は終わった。
その妙な「なぞ?」以外は彼の話を理解したつもりだった。
けど今にして思えばハタチのあの時の私には、
彼の話は朧気で、よく理解出来なかった。
その後年月を経て、ゆっくりと少しづつピントが合ってくる。
彼の言葉の輪郭が浮かび上がり今ではくっきりとそれが見える。
思い出しながら要約して書き綴ったけど、
実際にはもっといっぱいの言葉とユニークで斬新な比喩で私に語ってくれた。
ファッションについて始めた話を、私が進み行く道と上手にシンクロさせ、
どちらの話もきれいにオチをつけてくれた。
まるで優秀な編曲家みたいだ。

彼の言葉はいつも真っすぐでナチュラル。とても厳しいAppassionato。
それでいて優しいGrazioso。
またパリ行きを当たり前の事として話を進める彼は、
周囲から賛成を得られず、思い悩む私の心情を察したのだろうか、

「君が望む事が君が成すべき事だろ?行かない理由がどこにある?」

彼が話す言葉のそこかしこに潜む、叱咤激励の想いが心に沁みた。
と同時になんだかとても可笑しかった。
なぜなら理路整然といっぱいの言葉を駆使して私を魅了してくれるのに
目の前にいる彼は、「ふつーのさえないおじさん」。

着古した短パン、よれよれのTシャツ。
組んだ足先に厚さ5㎜にスリ減ったビーサンをひっかけぷらぷらさせてる。
それを言うと、「俺はいいの。中身で勝負。ハッハッハッ!」
屈託なく笑う目の前の彼はストローをチュ〜チュ〜させながら
クリームソーダを飲んでいる。まるで無邪気な小学生みたい。

 

最後の「なぞ?」の答え

そして私はパリへ。
そこで彼がポツリと言った最後の「なぞ?」の答えを見つけた。

パリへ行く前私が姉の様に慕う同じマリンバ奏者の先輩が
過去にあった体験を話してくれた。
まわりは皆ライバル、ギラッ!的なクラシック業界の中にあって、
新入生の私をいつも気に掛けてくれた、優しいハートを持つキュートな女性。
もちろん素晴らしい演奏家でもある。

それはこんな話だった。
ドイツのシュトゥットガルトで行われたマリンバ国際コンクールにおいて
受賞者だけのメモリアルコンサートでの出来事。
舞台袖から「フュイ~フィフィフィ~♪」と美しい口笛を吹きながら
登場したその演奏家の出で立ちは、Tシャツ、短パン、
足元はビーサン? ではなくスニーカーだったが、
クラシック的TPOとしたら即レッドカード。
ざわつく聴衆。
マリンバの前、脱力しきった立ち姿。ゆっくりマレットを構える。
ざわつきは短くフェードアウトし、一瞬の静寂をおいて最初の音が響く。
4本のマレットは鍵盤の上をフィギュアスケーターのように
美しい滑らかな図形を描く。
叩くのではない、弾くのとも違う。 それはまるで華麗なダンスの様だった。
マレットが鍵盤に触れるたび、多彩な音色が飛び出す。
まるで優雅なマジックショーが行われている空間に
身を置いているようだった、と。

今も彼は天才の名を欲しいままに、その演奏スタイルは魔術師の異名をとる。
その名はEric Sammut 。
現在パリ管弦楽団の首席パーカショ二ストであり、
後に8年間に渡ってマリンバ ソリストとしての私を育ててくれた
人。

 

空気までもはっきりとイメージ

師弟として時を過ごすにつれ、彼女が話してくれたエピソードが
大げさなものでなく、その場の空気までもはっきりとイメージ出来た。
彼は飾らず、気にせず、いつでも自然体。自転車とロックをこよなく愛し、
寂しくなる頭髪が気になる、どこにでもいる フランスムッシュ! だ。
けれども、彼がもしパンツ一枚に靴下だけの格好であったとしても、
そのマレットから一音放たれたその瞬間、

「音は着飾るドレス」になる、って事を知った。
それは選ばれし者だけが纏える 極上のドレス。

なぞの答えはシンプルだった。
「ホンモノになれ!」
唯一無二の ホンモノ になれたなら、もしそうなれたのならば、
格好なんて小さい事、と。
本物だけが持つ香気(オーラ)を身に纏え。

思い返すとおじさんは「プロ」と「本物」という二つの言葉を
うまく使い分けていた。彼にはその言葉に厳選たる区別があったようだ。
多分だけど、不断の努力といくらかの ツキ で、プロにはなれるかも知れない。
でも「ホンモノ」になるのは難しい、、。
だから彼が「なぞ?」のままにしたのだろう。
その時の私には理解なんて出来るわけがないし、
その先、そこに行くことは到底難しい、と思ったのだろうなぁ、、。

なぞの答えはわかったけれど、
それを知った瞬間、触れるかも、と思った「何か」は、
実体のない蜃気楼みたいに、はるか彼方に遠ざかっていった。
けれども今は ハタチ の私とは違う。
霧で霞んだようにも、灰色にぼんやりともしていない。
とても辿り着けそうに思えないくらいに遠いけれども、
ただとっても遠くにあるだけ。そして確実にそれは在る。
「そこ」に向かって行く事が大事だって。
今の私はそれを知っているのだから。


エリックはその後オシャレに目覚め、靴下はポールスミスと決め、
「ミサト、このKENZOどうかなぁ?」と聞いてくる。
でも天才っぷりは変わりなし。
おじさんはというと、
「ビーサンは足臭くなるから早めに買い替えるんだよねぇ〜」と言っていた。
大きい孫がいたっておかしくない年になった彼だが、
「キレッキレッ」は未だ健在。
スイッチが入った時の彼は「言葉は着飾るドレス」を纏っている。
感謝の言葉に代えて「長生きしてくださいね!」