Netflixの料理ドキュメンタリー「シェフズテーブル」にも出演したボー。気取りのないキャラクターがチャーミングだ

ファインダイニングでは前例のない“交流”

食事が終わり、ボーとディランに話を聞いたところ、しばらくは3か月に一度のペースで来日するそうだ。「Ayatana」開業前も、プライベートでは北海道に沖縄、東京、京都などを何度も旅してきた親日家。刺激を受けているレストランを尋ねると、京都市内の居酒屋や焼鳥店などの名が挙がった。

「夏に来たときは、店にいる全員が鱧を食べていたのに、季節が変わるとぱたりと見なくなる。とても興味深い。まずは京都での一年を過ごし、春、夏、秋、冬の食材を知ることが先決で、それには和食が一番です。フルーツを学ぶために、バーに行くことも。それから焼鳥のような、シンプルを極めた日本ならではの肉料理からも学ぶところが多い」

競合となり得るようなアッパーなダイニングの名が一切挙がらないのが意外で、「これから行こうと考えている店を含めて、日本で会ってみたいシェフでも」と質問の角度を変えてみたが、答えは同じだった。

もう一つ、メインディッシュのファミリースタイルについても訊いてみたかった。かなりチャレンジングなスタイルをあえてなぜ取り入れたのか、どこか参考になる前例があるのか。

その日のメニューを記した「料理のコンパス」。アミューズブーシュに添えられ、調理法や味わいなど、1品ごとのストーリーがサービススタッフより伝えられる

「古い書物で確かめたタイの古典料理の伝統的な構成で、ファインダイニングでの前例はないと思います。いろんな料理を一緒に食べることで、味にコントラストが生まれ、また補い合って融合し、最終的に調和が生まれるのです。味わいのためだけではない。私たちタイ人が大事にしていることの一つに家族との繋がりがあります。大勢で分かち合って食事をすることで、価値観の土台が形成される。もう一つ、他者を尊重し慮ることも大事な価値観で、ファミリースタイルには社会性が宿る。現代のファインダイニングに欠けている“交流”が、ここにはあっていいと考えます」

ボーは、ナチュラルワインのグラスを手に、終始リラックスした様子でインタビューに答えてくれた。京都に通うようになって以来、すっかりナチュラルワインにハマッているのだとか。筆者自身、新鮮な野菜やハーブを中心に香り豊かな食材で構成されるタイ料理は、ナチュラルワインととてもよく合うと感じ、食事をしながら「ワインリストにもっとその選択肢があれば」と思っていたので、その旨を伝えると「私も願っている」と笑った。

バー「Den Kyoto」は、ダークトーンの重厚な設え。「紅葉」からダイレクトにアプローチできる点も魅力

ホテルでの時間を楽しみに、リピートしたくなる

せっかくなので、ホテルの担当者に「Ayatana」以外の施設も案内してもらうことに。「Ayatana」がある地下1階にはほかに鉄板焼きレストラン「紅葉」、バー「Den Kyoto」があり、アプローチを含め京都「村山木工」が手掛けたという内装意匠も雅だ。鉄板焼きはフレンチと和食のコースが用意されているそうで、全席がシェフズテーブルという仕様。ガラス扉の肉の熟成庫も高級感がある。バーは、希少なジャパニーズウイスキーを含めたジャパニーズスピリッツが充実していて、「こんなものも飲めるのか」と、棚に目が釘付けになったほどだ。これらのレストランが中庭を囲む造りになっていて、さまざまな形で庭園の景色を楽しめ、地下なのに閉塞感がない。レストランは「Ayatana」含めてすべてビジター利用が可能とのことで、これは覚えておこうと思った。

デラックスガーデンキングルーム。障子戸があり、窓の外の庭も美しく手入れされている

ゲストルームは147室で、灯篭をイメージしたランプをはじめ、木や石材など、京都を感じさせる建材がトーンを作る落ち着いた雰囲気。宿泊したスタンダードタイプのデラックスルームは40㎡だが、シンプルなインテリアと無駄のないレイアウトのせいか、広々と開放的だ。今回は時間がなく叶わなかったが、次回はタイ式のトリートメントを受けられる「デバラナ スパ」も体験したい。

「デバラナスパ」 古代タイの健康療法と日本のホリスティックなアプローチを融合させたトリートメントが受けられる

スパに加え、優雅なスイミングプール、24時間利用できるフィットネスセンターもある。都市にありながらスペックやホスピタリティはリゾートホテルのそれで、流れる時間も緩やか。観光にせよ食にせよ町歩きの楽しみに事欠かない京都は、つい旅の予定を詰めがちだけれど、ときには居ながらにして京都の文化と、タイのリゾート感を感じられるホテルにのんびり滞在するのも悪くない贅沢だと感じた。

幻想的なスイミングプール。ほか、宿泊客は24時間利用できるジムも完備

そうは言えど、筆者を含め食事の予定ありきで旅先や旅程を決める旅行者にとっては、「Ayatana」が四季を経て、どんな風に変化・成熟していくかがこのホテルを再訪する鍵になるだろう。アジア各国に新たなファインダイニングが生まれ、世界のガストロノミーシーンにおける注目度が上がるなか、日本国内でタイ古来の食文化に基づくガストロノミックなタイ料理を体験できるレストランはまだ数少ない。ボーには、ガイドブックの評価やランキングについて興味はあるかどうかも尋ねたが、「ある意味において必要なことかもしれないけれど」と笑って前置きしながら、「まずは、タイの食文化の伝統、価値観を正しく伝えること」と、繰り返す。気負いなく誠実、そしてフレンドリーなボーとディランの人柄が印象に残り、日本で楽しめるタイ料理の新しいシーンの広がりに期待が膨らんだ。