デモンストレーションを行うシェフのドゥアンポーン・“ボー”・ソンヴィサヴァ(左)とディラン・ジョーンズ

2024年3月、京都のラグジュアリーホテル「デュシタニ京都」のメインダイニング「Ayatana」で、シェフ、ドゥアンポーン・“ボー”・ソンヴィサヴァのフィロソフィーを体験できるレストランショーケースが開催された。「タイ×京都」というユニークなおもてなしで異彩を放つ同ホテル。いったいどんな料理が供されているのか。 

タイのミシュランシェフのクリエイションを体験しに京都まで

京都駅から「デュシタニ京都」までは、わずか850メートル。スーツケースを引いてのんびり歩いても約15分程度の場所だ。気候のいい時季であれば、散策気分で歩きたいところだが、この日は生憎の雨で気温も低く肌寒い。迷わずタクシーの列に並んだ。ドライバーに「デュシタニ京都までなのですが」と伝えると、「わかるわかる。“名前が覚えられへんホテル”いうんで、場所は一発で覚えたわ」と言うので思わず笑ってしまった。同感。「デシュタニ? ディシュタニ??」と、覚えるまで何度か言い間違いをしたことがある。車に乗るとあっという間に到着した。

ロビー。建築は、タイのアユタヤと京都、二つの古都から着想を得ている。シンボリックなブルーのアート作品は西陣織で作られたもので、左奥に見えるのがタイのパーンをモチーフにした柱

「デュシタニ京都」はバンコクに拠点を置くホテルチェーン「デュシット・インターナショナル」が日本に進出し、2023年9月、初めて開いたラグジュアリーホテルだ。ロビーではパーン(脚つきの盆)をイメージしたオブジェや西陣織りのアート、金継ぎの意匠などが目を引き、「タイ×京都」のアイデンティティが空間にもよく表れている。

地下1階の「Ayatana」へ降りると、シェフのドゥアンポーン・“ボー”・ソンヴィサヴァと、彼女のパートナーのディラン・ジョーンズが迎えてくれた。バンコクのレストラン「Bo.lan(ボー・ラン)」を率いてミシュランの星を獲得し続けたボーは、世界でもっとも有名なタイ人シェフの一人。ボーのクリエイションは「デュシタニ京都」が話題を集める大きな理由の一つでもある。

日中の「Ayatana」。地下1階だが中庭に面していて、高い天井と大きな窓のおかげで明るく開放感がある


 「ファースト・バイト」から始まる タイの味覚への旅

「Ayatana」での食事は、ダイニングの一角に設けられたスペースでの「ファースト・バイト」という“儀式”から始まる。

中庭を通って手を洗い清め、旬の食材で作られた一口の料理を味わう「ファースト・バイト」は「Bo.lan(ボー・ラン)」でも行われていたそうだ。通常はあらかじめ調理した一品を供するが、この日は調理のデモンストレーションが行われた。アイランドキッチンの上には、タイ産のチリやタイの品種を日本で育てたハーブやスパイス、タイでも「特別なルートで仕入れた」と話すココナッツシュガーや魚醤などの素材がずらりと並んでいる。とりわけ目を引いたのは、パルミジャーノ・レッジャーノのようなココナッツシュガーの塊だ。「どうぞ、味見を」と渡されたかけらを口に含むと、干菓子のような口どけで上品な甘さがある。魚醤は、ナンプラーでなく東北部イサーン地方でポピュラーなパラーという、川魚と米で造るものが用意されていた。

レストランショーケースのために集められた「Ayatana」に欠かせない食材。大原の自社農園のものも

同ホテルは左京区大原に自社農園「デュシット・ファーム」を所有し、野菜などの栽培を行っている。個々の食材の特性やサステナビリティへの取り組みなどについて説明しながら、材料を切り、石臼ですりつぶし、その工程ごとにエキゾチックな香りが漂い、この日の「ファースト・バイト」である京なすのレリッシュが完成した。チリやハーブを合わせた京なすのペーストが、大葉の上にのってずらりと並んで美しい。「ファースト・バイトは、ワンバイト(一口)で」というボーの言葉に従って味わうと、鮮烈な辛さと深い旨み、ほのかな甘み、新鮮な香味野菜やハーブのフレッシュさが一瞬で広がる。おいしい。そして、タイの味だ。 

京なすのレリッシュ。柔らかくなるまで火を入れた京なすに、チリやハーブを加えてペースト状にし、柑橘の香りを添えて。大葉で巻いて食べる