筆者は少し前に「カステッロ・ディ・アマ」というワイナリーの醸造家マルコ・パランティさんと会った。
彼のワイナリーがあるイタリアはトスカーナ州のCHIANTI(キャンティ、キアンティとも表記される)というエリアは、世界のワイン産地でもかなり有名ないっぽう「キャンティってなんなんですか?」とよく聞かれる印象があるので、今回、マルコ・パランティさんとともに、キャンティおよびキャンティ・クラシコ(キアンティ・クラシッコとも表記される)を、なるべく簡単かつ非プロ向けに紹介したくおもいます。
キャンティとキャンティ・クラシコ
ワインのことをあまり知らない人でも「キャンティ(CHIANTI)」というワイン産地は聞いたことがあるのではないだろうか? サンジョベーゼという、実はうまく育てて美味しいワインにするのがなかなか難しいブドウをメインに使って、手頃な価格で美味しい赤ワインを生み出す産地だ。
同じキャンティでもバリエーションはとても多く、ワイナリーごとにキャラクターの違いがある。だから、自分好みのワインに出会えると得した気分になる。
なんでそうなのかと言うと、キャンティはとても広い産地だから。フィレンツェとシエナのあいだの広大な土地のなかに、およそ1万6千ヘクタールものブドウ畑があって、大小たくさんのワイナリーがある。
キャンティが美味しいワインの産地であることは、地元では遅くとも18世紀から、国際的には19世紀には知られていたという。とはいえ、この頃はまだ、いまほど大きな産地ではなかった。
いまのような規模になったのは、20世紀に入って、第一次世界大戦のあと、ムッソリーニの時代に経済的に低迷するイタリアが、外貨獲得を目的に「キャンティ」エリアを拡大したから。それで、内部で7つのサブゾーンに分かれ、さらにそのサブゾーンに属さないキャンティもあるという現在のキャンティの原型ができあがった。
ところが現在、ここには、栽培面積でおよそ7,000ヘクタールほどのそもそものキャンティが入っていない。
それはどこに行っちゃったのかといえば、どこにも行っていなくて「キャンティ・クラシコ」と呼ばれるキャンティ内の独立したエリアになっている。
巨大化したキャンティのなかに紛れることなく、伝統を受け継ぎつつ現代的な、質・価格において一定の高レベルをキープしたキャンティを区別したい、という意図によるもので、このキャンティ・クラシコ独立の立役者となったワイナリーのひとつが、今回話題にしたい「カステッロ・ディ・アマ」だ。
カステッロ・ディ・アマとは
というわけだから「カステッロ・ディ・アマ」のワインは価格的には高め。そしてワインの品質も高い。
文化的にも高尚で、六本木ヒルズにある巨大な作品でも有名なルイーズ・ブルジョワ、GINZA SIXでの巨大インスタレーションでも話題になったダニエル・ビュラン、日本の杉本 博司といった現代を代表するアーティストたちがワイナリーに滞在しながら制作した作品がワイナリーの敷地内にある。
そして、ワイナリーの一番大事な価値、高品質なワインを造っている人物がマルコ・パランティさん。「カステッロ・ディ・アマ」で40年以上ワイン造りを続けている人物で、その功績の大きさから「巨匠」なんて呼ぶ人もいるのだけれど、本人もワイナリーのスタイルも、上品かつ求道的なので、ワイン業界内では有名でも、あんまりマーケティング的な派手さはない。
カステッロ・ディ・アマの起源は、1970年代に「この場所がとても美しいから」という理由でローマの4つのファミリーが購入した農園。購入時点ではさして知られた土地でもなかった様子だけれど、歴史を300年くらいさかのぼれば、この「アマ」という農園はキャンティ最良のブドウ産地と囁かれるほどの名エリアだったそうだ。それで「ここでワインを造ろうじゃないか」という話になって、ブドウの改植をスタートし、1979年には現在も使われているほどの、その当時では最先端の醸造所を建設したのだそうだ。となれば今度は「醸造家が必要だ!」となって選ばれたのが、マルコ・パランティさんだという。
成り立ちからして、優雅ではないだろうか。
1982年に、カステッロ・ディ・アマに入った当時のマルコさんは、農業大学を卒業したばかり。大学での選考は栽培学だったという。オーナーたちは若いマルコさんを勉強のために頻繁にボルドーに派遣し、そこでマルコさんは経験を積んだ。師事した人物には「シャトー・ムートン・ロスチャイルド」や「オーパス・ワン」などで知られる伝説的醸造家パトリック・レオンさんがいるそうだ。
スーパー キャンティ・クラシコ
こういうバックグラウンドゆえ、ボルドーのワイン造りの哲学も合流させているトスカーナ州のワイン、というところでは、マルコさんのワイン造りは「スーパータスカン」と似る。とはいえ、マルコさんが目指しているのは、ご本人いわく「スーパー キャンティ・クラシコ」。
40年以上、栽培から醸造まで妥協なく改善を続けた「カステッロ・ディ・アマ」のワインは、現在、だいたい以下のように分類できる。
1. サン・ロレンツォ
(正式なワイン名『サン・ロレンツォ キャンティ・クラシコ グラン・セレツィオーネ』)
「アマの名刺代わり」とされる「スーパー キャンティ・クラシコ」代表。アマの畑のなかから、最良のサンジョベーゼをブレンドしている。日本ではいまのところ7,000円(税別)で買えるのだけれど、明らかに高級ワインの風格で、筆者、これはいくつかのヴィンテージか味わったことがあるのだけれど、香りは熟したブドウに干し草のようなニュアンスが加わり、味わいはしっかりした酸味を背骨に、タンニン、樽双方の苦味が伴う。マルコさんは「若い状態でも美味しく飲める」というのだけれど、飲むたびに「いやいや、これは買ってすぐ飲むよりも10年、20年と置いてからが本番でしょう」と言いたくなるワイン。実際、それくらいの年月が経過したものを味わうと、その予測が間違っていないとおもえてくる。そのため、ピンときたら数本のご購入をオススメしたい。
これとほぼ同様の発想ながら「モンテブオーニ」という1997年に購入した畑のブドウをメインに使う『モンテブオーニ・キャンティ・クラシコ・リゼルヴァ』というワインもあって、比較すればこちらがややカジュアル路線。奥ゆかしく穏やかなスタイルで、買ってから早めに飲みたいならば、筆者はこちらもオススメ。
2. カズッチャとベラヴィスタ
(『キャンティ・クラシコ・グラン・セレツィオーネ・ヴィニェート・ラ・カズッチャ』と『キャンティ・クラシコ・グラン・セレツィオーネ・ヴィニェート・ベラヴィスタ』)
この2本は飛び抜けて高価格(3万円)。長年の畑での改善の結果、全体の品質が向上し、畑ごとの質的な差異がそこまで有意ではなくなったカステッロ・ディ・アマにおいて、なお、ブドウの出来が良い年、特別な個性が発揮された年に「カズッチャ」と「ベラヴィスタ」という2つの畑で、それぞれのブドウだけで造った特別な単一畑ワインをリリースしている。同一収穫年でもこの2者は、かなりはっきりキャラクターが違い、「ベラヴィスタ」は酸味、苦味、旨味のバランスに優れ、ややスパイシーめ。「カズッチャ」は酸味はしっかりと基調をなしながら、柔らかく、甘味、旨味、あたたかみがある。
3.キャンティ・クラシコ・アマ
そして、これがもっともベースラインにあるワイン。言ってしまえば上記のワインに使われなかったブドウを使った「カステッロ・ディ・アマの普通のキャンティ・クラシコ」なのだけれど、このベースラインがしっかりしていなければ、ブランド全体の価値が上がらない、というマルコさんの考え方を反映して、難しいことは考えないですぐ飲みたければこれがよい、という仕上がりになっている。4,500円程度と価格的には「安い」とは言えないけれど、その分、体験的にもカジュアルからややはみ出したシチュエーションでも全く問題ないほど贅沢だ。
キャンティ・クラシコの立役者にして……
ちなみに、マルコさんがワインの世界で勇名を轟かせた事件のひとつに『ラッパリータ』というトスカーナ初のメルロー100%のワインを生み出し、これがメルローというブドウ品種の本家・ボルドーのトップの作品に勝るとも劣らない高評価を受けた、というものがある。初代ラッパリータは1985年にリリースされていて、カステッロ・ディ・アマには優れたメルローがあり、だから、とは言い切れないかもしれないけれど、カステッロ・ディ・アマのいくつかのキャンティ・クラシコには、メルローがブレンドされている。
キャンティのワインは遅くとも1872年以降はサンジョベーゼに他のブドウのワインをブレンドをしたワインで、現在のキャンティ・クラシコでも10から20%は他の品種をブレンドするのが普通。そしてメルローはサンジョベーゼと相性が良いとされがちな品種だ。
ところがキャンティ・クラシコでは現在、その最上位格付けである「グラン・セレツォーネ」にてメルローのような国際品種のブレンドを制限しようという動きになっている。
そうするとカステッロ・ディ・アマの「カズッチャ」などは現状のままではキャンティ・クラシコのルールと合わなくなる。マルコさんは、しかしルールに合わせてワインの方を変えるつもりはないそうで、そうなってくると、カステッロ・ディ・アマのようなスターは、いっそルール的に自由なスーパータスカンとして売ってしまったほうがスッキリする可能性がある。特に流通筋は、そのほうがわかりやすくて歓迎するのではないか?
が、しかし、そもそも「グラン・セレツォーネ」という格付けの制定に尽力したのが「カステッロ・ディ・アマ」。ルール上の話とはいえ、そんな本家本元がそこから徐々に離れていくのだとしたら、それはちょっと変な話だな、とおもう。