世界でわずか700本、日本には200本が輸入されたテルモン初のシングルヴィンヤードキュヴェ『テルモン リュー・ディ ダムリー パーセル スー・アデュリアン 2012』 12月某日、筆者はこの特別なシャンパーニュを試飲させてもらった。

テルモン リュー・ディ ダムリー パーセル スー・アデュリアン 2012
40,700円(税込)

驚きのあるシャンパーニュ

このシャンパーニュの発売が最初に報じられたのは11月のことで、実際の販売は12月1日に始まっているから、もしかしたらもう『テルモン リュー・ディ ダムリー パーセル スー・アデュリアン 2012』に出会うのはほとんど不可能かもしれないけれど、このシャンパーニュには、注目に値する驚きがあった。

創業は1912年にさかのぼる「テルモン」は、しかし、若いシャンパーニュ メゾンだ。2020年にルドヴィック・ドゥ・プレシという人物がオーナーになって以来、広く紹介されるようになったからだ。

JBpress autographでも何回か紹介しているように、サステナビリティについての発言が目立つメゾン。その一方で、日本導入初期はシャンパーニュの種類が少なかった。この1年とちょっとで、着実に販路とラインナップを広げ、現在、日本では好調に存在感を高めているということで、その基本的な商品が一通り手に入るところまで来た。

このメゾンの特徴はなにか?

サステナブルであることを除いてみた場合、テルモンとはどんなシャンパーニュメゾンだろう?

よく「名刺代わり」などと表現されるけれど、ワイナリーが造る最量産品は、そのワイナリーの理想を端的に表現している。テルモンで言えばそれは『レゼルヴ・ブリュット』になるのだけれど、これに僕がピンと来ていないのは以前も言ったとおりだ。なぜ、ピンと来なかったのか?1年以上、テルモンと付き合ってきた今なら、それを自信をもって言語化できる。

テルモン レゼルヴ・ブリュット

ルドヴィックが入る前から環境保全意識が高かったこのメゾンの作品は、ナチュラルなブドウにこだわり、ワイン造りにおいて人為的操作を嫌う。マロラクティック発酵すら躊躇する醸造家・ベルトラン・ロピタルの思想が反映されたそれは、微妙なニュアンスに富みながらも、全体としては繊細に過ぎると感じられていた。「軽やか」は必ずしもワインにおいて褒め言葉ではないとおもう。特に、はじめてテルモンに触れる人には、多少とも力強くわかりやすいメッセージ性が必要なのではないか? そう感じていたのだ。

しかし、ことここに至って、僕は理解した。テルモンは、この「軽やか」で勝負するのだと。

わずか700本しか造っていないのに、日本には200本も送られた『テルモン リュー・ディ ダムリー パーセル スー・アデュリアン 2012』は、40,700円もする高級品だ。そしてこのシャンパーニュは「軽やか」だった。

あきらかに「いいシャンパーニュ」

『テルモン リュー・ディ ダムリー パーセル スー・アデュリアン 2012』は、誰が飲んでも高級シャンパーニュだと納得するだけの説得力を持っていた。何も知らないでグラスに注がれても、リンゴに青リンゴも加わったような、少し鼻を刺激する香りと、パンやナッツの旨味を想起させる香ばしいアロマは、これが、ナチュラルなブドウを尊重して丁寧に熟成させたものであることを物語る。色は、驚くほどに濃いゴールド。泡は微細だ。口に含むと、ほんのりとした苦味に次いで酸味が表れ、この酸味はレモンのように明確でありながら穏やかで、確かな背骨として全体を支える。その上で繰り広げられるドラマは中盤に大いに盛り上がり、爽やかに結末へと向かう。後味にかけては、アニスのような複雑なスパイスのニュアンスが感じられる。

時間が経って液体がやや温まると、ここにハチミツのようなフレーバーを感じやすくなるのだけれど、それでも、このシャンパーニュはそのシャープネスをいささかも失わない。もたっとしない、重苦しくもならない。つまり「軽やか」だ。

トップクラスのシャンパーニュであり、かつ、おおよそ他所では見かけないような独特のスタイルだとおもう。

ラベルにシャンパーニュの詳細が書かれているトレーサビリティは他のテルモン作品同様だが、こちらはブドウが収穫された畑の座標まで書かれている

ムニエ100%!?

2012年はシャンパーニュにとって結果論でいうと、よい年だ。不遇な天候に振り回された年でありながら、それを乗り越えたブドウから生まれたシャンパーニュの評価は高く、数は少ないものの質には期待できる、というのが一般的な評価。

テルモンが特別なシャンパーニュを造ろう、と考えたのも、2012年のブドウが特筆すべきものだったから、というところがスタート地点だという。

そこまではいいとして、驚くのはこのシャンパーニュがムニエ100%ということだ。言われなければ、僕は絶対、シャルドネもピノ・ノワールも入っているとおもっていた。

ラベルに書かれている情報からわかるワインのスペックは、デゴルジュマン 2022年、ドザージュ5g/L、ブドウ収穫年 2012年、瓶詰 2013年、瓶内熟成年数 9年、品種 ムニエ、オーク樽(フードル)醸造、コルク栓熟成、マロラクティック発酵なし

確かに、ダムリーというテルモンの本拠地は、ムニエが得意品種だ、というのは理解できるし、ムニエはシャンパーニュの主要3品種の一角ではあるけれど、やはり主役はピノ・ノワールとシャルドネであって、ムニエはバイプレイヤーという認識は、特に高級シャンパーニュにおいては間違ってないだろう。

しかもこのムニエは、格付け的にはプルミエ・クリュにあと一歩届かないダムリー産である。

名前を分解すれば、リュー・ディは特別なブドウ畑として名前がついた畑の区画という意味で、パーセルも区画という意味だから「かのダムリーのスー・アデュリアン区画のブドウでござい」といったところで、そんな場所を僕は聞いたこともないのだけれど、説明によるとそこは0.79haしかないというからさらに驚く。

10年近い年月を(場合によってはもっと)熟成させるシャンパーニュの供給源が、たったそれだけしかないということは、つまり、ブレンドもできないということだ。しかも醸造家は人為的操作を嫌うベルトラン・ロピタル。ドザージュもわずか5g/Lしかしていない。そんな「そのまま」みたいなシャンパーニュが、これほど豊かなのだ。

どうやらスー・アデュリアンは標高的に高くなく、谷間に位置し、高いところから下りてきた土壌が本来の土壌と混じり合った「濃褐色の石灰質」という独特かつシャンパーニュのなかでは豊かな性質の土壌を誇るらしい。その土壌は、ブドウ樹にいざというときに踏ん張りのきく基礎体力を育んでいたようで、2012年は底力を発揮した、ということのようだ。

こんなものが出てきて同業他社からしてみれば予断を許さない、ということかもしれないけれど、飲む側からすれば、誰もやらないようなことをやったこと、おかげで予想外のシャンパーニュとの出会いが生まれたことを喜ぶべきだろう。

テルモンはどうやら、これを第一弾として、ほかにも特別な少量生産のワインを仕込んでいるらしい。それらにも、かなり期待が高まる。

あとテルモンなので、これだけ高級なシャンパーニュでもギフトボックスはありません。