12気筒の未来を信じるフェラーリ

「1947年の創業以来、たったひとつの主題が“跳ね馬ファン”の魂を揺さぶり続けてきた。それが、フロントミッドシップされた自然吸気のV12エンジンである」

 フェラーリの最新モデルである“12 Cilindri”のプレスキットは、そんな書き出しから始まっている。

 本題に入る前に、“12 Cilindri”という車名の謎解きをしておこう。

 その字面を見てなんとなく想像できるとおり、これはイタリア語で12シリンダー、つまり12気筒の意味である。

 では、その発音は? イタリア語に詳しい人たちに聞くと「ドディチ・チリンドリ」もしくは「ドディチ・シリンドリ」などの答えが返ってきた。いっぽう、フェラーリ・ジャパンに訊ねたところ「ドーディチ・チリンドリ」と表記するとの回答があったが、本記事では特に発音にはこだわらず、「12 Cilindri」と表記させていただくことにする。

 いずれにせよ、12気筒を車名にしてしまったくらいだから、このニューモデルにとってまずは12気筒エンジンを積んでいることが重要であることは間違いない。

 なぜか?

 チーフ・マーケティング&コマーシャル・オフィサーのエンリコ・ガリレラは、その理由を次のように語った。

「このプロジェクトを立ち上げたおよそ4年前に、12気筒エンジンの開発を継続するという決断を下すことには大変な勇気が必要でした。なにしろ4年前といえば、自動車の電動化が大いに注目された時期で、内燃エンジンは悪者扱いされていた時代です。そして、将来的にV12エンジンが生き残ると信じていた人はあまりいなかったことでしょう」

 それでも新しい12気筒エンジン開発を決めた背景を、ガリエラはこう説明した。

「私たちはリスキーな判断を下したのでしょうか? いいえ、私たちは12気筒の未来を信じていました。そして12気筒が生き延びる余地があると考えていました。そこで12気筒エンジンの改良に取り組むことにしたのです」

エンゾ・フェラーリの血を受け継ぐ純血にして最新のユーロ6e適合12気筒

 12 Cilindriに搭載されたエンジンの型式はF140HD。このF140系12気筒エンジンは、2002年に“エンゾ・フェラーリ”というモデルに搭載されてデビューしたもので、以来、20年以上にわたり改良に改良を重ねてきたユニットである。なお、デビュー当時の排ガス規制はユーロ3と呼ばれるものだったが、その後、徐々に規制は強化され、2023年9月以降に発売される新型車には最新のユーロ6eという規制が適用されている。これに適合させることが、フェラーリにとってのチャレンジだったのだ。

 ちなみに、従来の規制であるユーロ6d-ISC-FCMに比べると、新しいユーロ6eはNOxが1.43から1.10へ、PN(粒子状物質は一般にPMと表記されるが、PNは一定の大きさのPMが何個含まれているかを示す単位)は1.5から1.34に厳格化されている。いずれも数値的にはそれほど変わっていないようにも思えるが、ヨーロッパの規制はすでに十分以上に厳しい内容となっているので、そこからさらに排出量を減らすのは並大抵のことではなかっただろう。なお、ユーロ6eの次に実施されるユーロ6e-bisは2026年1月から販売中のモデルを含む全車種に適用されるので、12 Cilindriは少なくとも2025年いっぱいは販売が可能になる。

 もっとも、ユーロ6e-bisならびにその次に控えているユーロ6e-bis-FCMは、PHEV関連の規制が変わる程度で、NOxやPNの規制値に変動はないので、規制内容が大幅に強化されるユーロ7が導入される2028年1月までフェラーリV12エンジンが生き延びる可能性が出てきたとも考えられる。

 このエンジン以外にもホイールベースの20mm短縮を始めとする様々な改良がメカニズムに施されたが、それらは、いずれも既定路線の範囲内といっていい。ちなみに、前述したホイールベース短縮は、より機敏なハンドリングを実現するのが目的。しかし、ただホイールベースを短くしただけでは高速走行時などに安定性が損なわれる恐れがある。そこで12 Cilindriでは従来から装備されていた4WS(後輪操舵システム)をさらに改良。短いホイールベースでも優れた高速直進性を発揮できるよう工夫された。

最高出力は通常モデルで830PSに!

 12 Cilindriはより強化された排ガス規制に対応しているにもかかわらず、最高出力は従来型の812スーパーファストを30ps上回る830psを発揮。最高速度は340km/h以上で0-100㎞/h加速は2.9秒と、引き続きトップクラスの動力性能を実現している。

 それでいながら乗員の快適性や居住性にも配慮したのが12 Cilindriのもうひとつの特徴で、エンジンの搭載位置をスーパースポーツカーの定番であるミッドシップにせず、敢えてキャビン前方のフロントエンジン方式としたのも、室内スペースを広くし静粛性を高めるための方策。そのうえで、エンジンを前車軸後方に積むフロント・ミッドシップとしたり、通常はエンジンと一体になっているギアボックスを切り離して後車軸上に据えるトランスアクスル方式を採用するなどして重量バランスの最適化にも配慮した。ちなみに前後の重量配分は、同じくフロント・ミドシップとトランスアクスル方式を採用した812スーパーファストの前:後=47:53から48.4:51.6へと、よりイーブンな状態へと近づいた。

リアはデルタ翼モチーフ

 デザインも見どころが多い。全体的なプロポーションは、フロントエンジン・スポーツカーとして典型的かつ流麗なものだが、リアウィンドウをマスクするなどして描かれたブラックのグラフィックは極めて斬新でひと目を引く。チーフデザイナーのフラヴィオ・マンゾーニによれば、リアウィンドウ回りのデザンは超音速旅客機のデルタウィング=三角翼にインスパイアされたものという。こうした新しい表現方法に常に挑戦する姿もまた、イタリアンデザインを象徴しているように思う。

 12 Cilindriにはクーペとスパイダーの2モデルがあり、イタリア国内の価格は前者が39万5000ユーロ(約6600万円)で、後者はその10%増しと発表されている。いずれにせよ、12気筒エンジンを搭載したフェラーリの最新スポーツカーということで、世界中から注文が殺到するのは必至だろう。

「フェラーリドーディチ チリンドリ」の発表は大谷達也氏のYouTubeチャンネルThe Luxe Car TVでも紹介しています