文=福留亮司
長く続く名作コレクション
時計界には、長い歴史を持つブランドが多いだけに、数十年続くコレクションがいくつか存在する。もちろん、それだけ続いているのだから名作に違いない。ただ、現在はクラシカル、正統といわれている時計も、実はファーストモデルが出た時点では、まったく違った見方をされていたものが多い。
新しいモノに対するアレルギーはいつの時代にもある。それらの時計は、登場時には斬新、前衛的などといった言葉で形容されていたのではないだろうか。今となっては褒め言葉ではあるが。
その最たるもののひとつが、ジャガー・ルクルトの「レベルソ」である。アール・デコ調のデザインで仕上げられた上品なモデルは、いまでこそクラシカルな腕時計の象徴的なポジションにあるが、当初はやはり斬新で、しかもスポーツウォッチの範疇にあった。
きっかけは、ポロ競技をプレイする将校からの要請だった。馬上で身体が接触することが多い競技なので、そんなときでも壊れない腕時計を必要としたのだ。
接触プレイのある競技は、スポーツの中でもかなり激しい部類に入る。それも馬上でのコンタクトするのがポロである。その衝撃たるや、相当のものであることは想像に難くない。その証拠に、ポロをプレイするには馬一頭では足りず、常に3~4頭の準備が必要だとか。それだけ激しいということでもあるし、いかに高級なスポーツであるかということの証明でもある。
そこで考案されたのが、ケースがクルッと反転する腕時計「レベルソ」である。誕生は1931年。これはサファイア・クリスタルのような強くてキズの付きにくい素材が風防に用いられる以前のことで、衝撃などで破損するのを防ぐためにとられた措置でもあった。
つまり、レベルソのケースの反転は、奇をてらったものではなく実用に則したアイディアだったのだ。いわゆる機能美というものである。
デザインはアール・デコ様式
デザインは、当時流行していたアール・デコ様式を取り入れた美しい角型。この長方形のサイズは黄金比と呼ばれるもので、著名な歴史的建造物や美術品の中に見出すとされていて、現代ではクレジットカードなどもこの比率となっている。安定した美観を与えるといわる形である。
そのオリジナルデザインは、ほぼその姿を変えることなく現代に継承されている。いかに完成度の高いデザインであったかが、それだけで証明されているようなものである。また、ケースバックに好きな言葉や名前をエングレービングできるのも、この時計の魅力のひとつとなっている。
そんなレベルソは、長い歴史の中で数多くのモデルをラインナップしてきている。もちろん複雑機構を載せたモデルもあるが、画期的だったのは異なる時刻を表示できる2タイムゾーンを持つ“デュオ”の登場であった。
第2時間帯を表示する時計には、GMTやワールドタイマーといった名称がついたさまざまなモデルが存在するが、裏と表の両面でそれぞれ異なる時刻を表示する“デュオ”のような、わかりやすく、見やすいものは、これまでになかった。
しかも、リュウズだけで表ダイヤルの時針だけを操作でき、速やかに現地時刻にあわせることができる。また、そのとき裏のダイヤルはホームタイムを表示することになるのだが、その24時間表示が表側の6時位置にも備えられている。
高度な複雑機能を備えながら、そのような腕時計には見えないシンプルな外観は、ファッションアイテムとしても様々な場面に対応しなければならない海外旅行でも、とっても役に立つ腕時計といえるだろう。実用性を考えて製作されたファーストモデルの哲学は、現代でもしっかりと根付いているようである。
伝統とは進化するからこそ受け継がれていく。ジャガー・ルクルトの187年も進化の歴史である。進化することで時計の魅力をさらに引き出していく。それは、確かな哲学と技術が伴ってこそ出来ることなのだ。この「レベルソ」はそのお手本のような時計。だからこそ、89年もの長きにわたって親しまれる、ジャガー・ルクルトのフラッグシップなのである。