文=福留亮司
注目のクラシカルデザイン
どこにそんなアイディアがあるのだろうか、と思うくらい、毎年新しい腕時計が数多く誕生している。そんななか、ここ数年、注目を集めているのが、クラシカルなデザインのモデルである。過去にあった名品の復刻やファーストモデルへデザイン回帰など、成り立ちはさまざまだが、とにかく近年はそういったモデルが多く、そして人気となっている。
昨年もやはりクラシカルなモデルが目についた。ただ、そのなかでも惹かれる腕時計には、共通点がある。上手にリデザインしているのはもちろんだが、そこに進化の跡が見えるのだ。ただ復刻するのではなく、現代的な味付けをして過去と現在を絶妙に融合させている。だからこそ魅力的なのである。
カール F. ブヘラの「ヘリテージ バイコンパックス アニュアル」もそのひとつだ。ベースとなるのは、1956年製のクロノグラフ。ケース径は34㎜で、当時の標準仕様である2つ目(バイコンパックス)レイアウトのエレガントウォッチで、それを現代風にアレンジしたものである。
この“バイコンパックス”は、およそ60年前のものが基になっているのだが、これはブランドに歴史がないと成立しない。であるから、ここでカール F. ブヘラの成り立ちを少し紐解いてみたい。
カール F. ブヘラは、1888年スイスのルツェルンに時計宝飾店として誕生している。小売りからのスタートしたスイスでも希少な時計ブランドである。
多くの時計ブランドは、時計職人とともに製造をはじめ、その評判によって事業を拡大している。だから、当然のごとくその発信元は常に「工房=作り手」側にある。それに対し、カール F. ブヘラの出自は販売店。なので、その目線は常にユーザーに置かれている。つまり、日常的に顧客とのコミュニケーションがとられており、ユーザーの目線をベースにすることで時計が作られているのだ。
1919年にはオリジナルウォッチが誕生
当初から小売業がメインであったが、それでも時計製作は早く、創業から約20年後の1919年にはファミリーネームである「Bucherer」の名が入ったオリジナルウォッチが誕生している。また、その後も高精度クロノメーターの生産で上位に入ったり、クォーツムーブメントの開発に参加するなど、技術への探究心も旺盛であった。
そうやって生み出されるカール F. ブヘラの腕時計は、シンプルでとても視認性が高いものになっている。まず時計の基本である時刻がきっちりと読取れること。さらに、長く愛用できるデザインであることが重要視されているようである。
そして、特筆すべきなのが、腕に着けたときの心地よさだ。これはラグの造りがいいからだ。ラグはレザーストラップやブレスレットを留めるためにケースから延びた足のような部分。ここが腕時計の装着感に大きな影響を及ぼすのだ。カール F. ブヘラのそれは、短く、そして湾曲させ下向きになっていることで、腕のカーブに沿って装着できるようになっている。だから多少自身の腕に比べてケースが大きくなっても安定感が出るのだ。
販売店として顧客の信頼を得ながら、同時に時計メーカーとしての確かな経験と技術によって、多くの実績を残してきたからこそ得られた表現、造形である。
話を戻そう。それを踏まえて、カール F. ブヘラが56年製のクロノグラフを進化させ、現代に表現したのが「ヘリテージ バイコンパックス アニュアル」である。
元になるクロノグラフモデルが製作された50年代、いわゆるミッドセンチュリーは、デザインなど芸術好きにはとても魅力的な時代だった。エーロ・サーリネンのチューリップチェア、イームズのラウンジチェアなど、ミッドセンチュリーモダンと呼ばれる家具などと同様に、時計にも数多くの名作が登場した時代でもある。
シンメトリックで特徴的なバイコンパックス
そんな時代に製作されたクロノグラフモデルは、滑らかなカーブを描く直径34㎜のケースと、スリムなプッシュボタンを組み合わせたスポーティな装い。シンメトリックで特徴的なバイコンパックスが、とても際立った時計であった。
それを現代に蘇らせたのだが、変わったのは、まずケースサイズを34㎜から41㎜へと現代的に拡大していること。さらにクロノグラフ機能に加えアニュアルカレンダー(年次カレンダー)を搭載し、さらにビッグデイト表示、4時と5時の間に月まで表示されているなど、高度な技術が搭載されている。ダイヤルには、タキメータースケールも描かれているのだ。
用意されたバージョンは2つある。
ひとつはシルバーダイヤルにブラックのインダイヤルが映える、ステンレススティール製ケースのモデル。スッキリとしたデザインはモダンな雰囲気を持っている。もう一方のモデルは、ダイヤルにローズシャンパンカラーを採用。ベゼル、リュウズ、プッシュボタンに配したローズゴールドとにコンビネーションが気品を感じさせる。どちらもケース素材はステンレススティールながら、質の高い仕上げが施され、自動巻キャリバー「CFB 1972」を搭載。約42時間のパワーリザーブを確保している。
顧客は時計の魅力に嵌まるほど、目が肥えていく。そして、それに応えようと製作者が努力する。その繰り返しがよりよいものを生み、歴史となっていく。歴史とは進化である。進化を続けるものだけが、時代を超えた名作となり得るのだ。この「ヘリテージ バイコンパックス アニュアル」も、もちろん、その候補のひとつといっていいだろう。