モエ・エ・シャンドンのこの冬の新作は、フランス、イギリス、日本の3カ国においてのみ販売される、世界に3本の特別なジェロボアム(3リットル)ボトル。

JBpress autographはこの特別なボトルをモエ・エ・シャンドンとともに作り上げたフランスのジュエラー カルル・マズロをインタビューした。

Karl Mazlo(カルル・マズロ)
ジュエリー職人の父とピアニストの母の間に生まれ 、 クリエイティブな環境で育つ。卓越した専門技術を持つクラフトマン・ジュエラーであり、伝統的なジュエリー製作と斬新なテクニックをハイブリッドしたスタイルがトレードマーク。機械ではなく手を使った伝統的な技法を好み、世界中からインスピレーションを得ている

デモクラティックじゃないモエ・エ・シャンドンあらわる

「世界中で愛されるシャンパーニュ」モエ・エ・シャンドン。そのなかでも150年以上にわたって造られつづけるフラッグシップであり、もっともデモクラティックな作品でもある『モエ アンペリアル』は、これまでも、さまざまなアーティストとコラボレートし、特別なボトルを僕たちにとどけてくれた……のだけれど

「おそらくこんなに希少な新作は初めてでしょうね」

と、世界でたった3本だけ発売される『モエ・エ・シャンドン モエ アンペリアル Effervescence(エフェルヴェソンス)ジェロボアムボトル』をつくったカルル・マズロははにかんだ。

日本では京都の文化機関「ヴィラ九条山」で『Réflexions autour des Haïkus/俳句を巡る考察』というプロジェクトをおこなったことがあるジュエラーでありアーティスト。

出会ってみるととても控え目な人物で「今回のモエ・エ・シャンドンとの出会いは運が良かったとしか言えなくて、エージェントを通して出した僕のアイデアを気に入ってもらえたんです」と飾り気ない。

「それからは、モエ・エ・シャンドンのチームにとても良くしてもらいました。だから制作はとてもスムーズで、細部は話し合いをしながら決めていったのですが、僕がやりたいことにNoと言われたことはなくて、会話のキャッチボールはとても楽しかった」

強いてモエ・エ・シャンドン側から言われたことと言えば、ロゴのサイズのバランスと、使用する金属の厚みをもうちょっと厚くてほしい、ということくらいだった、とのことで

「もともとの厚さでも、僕にとっては経験がないくらい厚いんです。だって、普段は手の中に入るくらいに小さなジュエリーをつくっているんですから……20cmを越えるような作品を造らせてもらったことはとてもいい経験になりました」

カルルさんにとって、モエ・エ・シャンドンはどんなブランドですか?とたずねると

「僕にとっては、時間をシェアして、そこから何かあたらしいものをつくるブランド。だから、僕も、モエ・エ・シャンドン チームとの会話には時間をかけて、そのなかから、いくつかのキーワードを見つけ出すようにしたんです」

それはメモしていて……と、その時のメモ帳を開いて、カルル・マズロはこの作品の実物を見せながら、何をテーマにして、何をなしたか、教えてくれた──

1. モエ・エ・シャンドンとはテロワールである。

カルルが得たキーワードのなかで作品にダイレクトに影響したのが、いわゆるテロワール。モエ・エ・シャンドンの本拠地、エペルネの土、自然だという。

「今回のクリエーションのスタート地点は、台座のところなんです。モエ・エ・シャンドン チームとの会話のなかで、土地についての話は本当に何度も出ました。シャンパーニュはシャンパーニュ地方からしか生まれない。歴史ある唯一無二の場所。モエ・エ・シャンドンが愛して守ってきた土地。だから、まずは、それをここに表現しようとおもいました。ここです、中を見てください」

と、重たいジェロボアムボトルを台座から外す。するとボトルに隠されていた台座の内部に地図のようなものがエングレーブされているではないか!

筆者撮影のイマイチな画質で恐縮だけれど、おそらくそうめったに見られない台座の内側

「そう、ここがエペルネの地図になっているんです」

このエペルネの大地を表現する台座の隠された部分が、作品の起点。ただしこれは、残念ながら、ボトルを台座から外す、ということができないと見られない、隠された起点だ。

2. モエ・エ・シャンドンは時間である

そしてもうひとつのポイントが時間をシェアする、という概念。これがいかに作品において表現されたか、というと──

「僕は素材によって時間を表現することにしました。真鍮を選んだのはそのためです」

真鍮は時間の経過とともに、色合いが変わる。「うつろい」ってご存知ですか? と「うつろい」の部分は日本語でたずねられた。「うつろい」なんていう詩的なワードまで国外にも知られるようになったのか、と感慨深い気持ちになっていると……

「うつろいは時間、季節をイメージさせます。変化し、発展していく。真鍮も、5年も経つと色合いが変わるんです。もしも指で直接さわれば、その部分は徐々に、茶色っぽくなっていくでしょう。個人の痕跡が作品の一部として残るんです」

人が触れた、一瞬の時間が保存され、作品は変化し、その痕跡もまた、作品とともに変化していく。

とはいえ、ならばもっと、自然に近い素材とか、あるいは白亜の土壌をおもわせる白っぽい金属を使うという発想はなかったのか?

「シルヴァーというのは考えました。ただ、5年前に人間国宝の森口邦彦さんから教わったことが、僕の現在の創作には大きな影響を与えていて、森口さんは『自然を模倣しようとするのではない、インスピレーションを受けて、それを作家が内面化して、新しいものとして表現するのだ』とおっしゃっていたんです」

鏡面のように輝く真鍮は、光に応じてその表情を変える。強い光であれば白く見えることもあるし、黒にもなる。そして、真鍮は銅と亜鉛の合金だからアッサンブラージュのイメージも表現できる。それが真鍮という素材を選択の理由だ、とカルルは言った。

なぜ日本に?

真鍮と同じように輝くボトルはコニャック地方にあるアングレームの工場でつくられた。当然、ボトルは真鍮製ではないけれど、カルルが立ち会って、色を決定している。

表面にあしらわれたメダルはシャンパーニュの「Effervescence(エフェルヴェソンス=フランス語で泡立ち、発泡)」を全体で表現しながら、その内側では天体と大地を象徴し、台座と共通するテーマを反復する。

というのは、文字通り表向きの話で、実は背面にも見どころが多い。バックラベルのサイズには細心の注意が払われているほか、カルルのサインやシリアルナンバーを示すプレートなどはすべてカルルの手作りだ。

『モエ アンペリアル』のアイコニックなデザインである、ボトルネック部のリボンと、通常はエチケットに描かれている『MOËT & CHANDON』の文字部分は透明で、内部の液体が透けて見える。リボン部分から覗き込むとMOËT & CHANDONの文字がボトルの背面に映り込んで美しい。

「時間の変化とともに、シャンパーニュの色合いも変わってくるとおもいます。そうなったときに、真鍮の変化とともに、どう、作品全体が変わるのかも楽しみなんですよ」

この特別な3本は、すべてカルルの手作り。

モエ・エ・シャンドンの故郷、フランスのほか、シャンパーニュの第二の故郷、イギリス、そして、なんと日本で販売される。日本のそれは3本中の2本目。モエ・エ・シャンドンの歴史からいえば、アメリカをはじめ、外せない国はほかにもありそうなのに、それらをおさえての日本。日本はアートもシャンパーニュもよくわかってくれるはず、という理由だそうだ。こそばゆい。

いまのところ、公開は極めて限定的だけれど、買ってくれた人と、コミュニケーションをとりながら、一緒に作品が変化する時間をシェアできたらいいですね、というと

「僕もどんな方がこれを買ってくださるのか、知りたいな、とおもっていたんです。だから、そうですね。そうやって関係性が出来たら、とても面白そう!」

『モエ・エ・シャンドン モエ アンペリアル Effervescence(エフェルヴェソンス)ジェロボアムボトル』は 2022年12月10日(土)にイベントにてお披露目をされた。参考価格は385万円(税込)。一生モノ?いや、それ以上に特別なアートピースだ。