年末が近づき、お酒関係が新作で盛り上がるのは恒例行事なのですが、今年は意欲的な作品が目白押しといった印象……シャンパーニュもまた、例外ではありません。
ここで話題にするのは今年、2024年に新たなセラーマスター(最高醸造責任者)ヤン・ムニエさんを迎えたメゾン マム。久しぶりにメディア向けの大々的なセラーマスター来日イベントが開催されたのでした。
老舗メジャーシャンパーニュ メゾンの底力を感じさせる剛速球
私「マム グラン コルドン」をこれまで見くびっていました。本当にごめんなさい。
先だって来日した「マム グラン コルドン」の造り手であるメゾン マムのセラーマスター ヤン・ムニエさんとともに「マム グラン コルドン」を味わって、知識のアップデートが足りなかったこと、つまり遅れていたことを心底、思い知らされました。年末年始はシャンパーニュの愉しみ時ですが、現在の「マム グラン コルドン」はかなりのオススメ銘柄です。
メゾン マムはシャンパーニュ造り手としては1827年にまで遡る老舗で、単に歴史が長いだけでなく、ワイン史においても無視できない重要な存在です。現在は218haものブドウ畑を持つ大手生産者、かつ量だけでなく自社畑の内の160haが最高位のグラン・クリュ格付けと質を兼ね備え、さらに育てるブドウの78%がピノ・ノワールというブランドとしての個性があるシャンパーニュのメジャープレイヤーです。
赤いリボンが目印の「マム グラン コルドン」はそのメゾン マムのシグネチャーにして、シャンパーニュ全体から言っても、代表銘柄のひとつ。
映画や芸術、スポーツのセレブリティが愛好していたり、長年、F1グランプリのシャンパンファイトで使われていたりと華やかな場面にもよく表れるので、あなたも目にしたことがあるとおもいます。カテゴリ的にもノンヴィンテージのブリュットに属するので、メゾン マムのラインナップのなかで、もっとも消費者が接触する機会が多い作品です。
しかし、私、このシャンパーニュは軽快で飲みやすいけれど、シリアスに対面した時にはやや迫力不足とこれまで評価しておりました。今回、幾人かの、それなりの経験の持ち主に「マム グラン コルドン」の印象をあらためてたずねてみたのですが、皆さん、私と同じような印象を持っていました。
遅れてるー! 今は違うんですよ!
現在の「マム グラン コルドン」は清涼感あふれる美しい酸味からして、これまでよりワンランク上。その後、苦みとともに舌触りのなかに徐々にあらわれるザラっとした感覚は、これぞシャンパーニュ!と快哉を叫びたくなるものです。というかちょっと叫びました。フレンドリーな軽快さを失わずに、確実に質が、全方位で上がっていました。これは「マム グラン コルドン ロゼ」も同様。清涼ななかに優しいタンニンの旨味と華やかさ。これぞ、シャンパーニュのロゼ!
直球にして剛速球。時代を反映してか、様々な価値観が混在し、まさに多様性の時代、群雄割拠の時代といった感のある現在のシャンパーニュ界において、いま、これを出してきたというのは老舗メジャーブランドの面目躍如たるものがあるとおもいます。「どうだ! こんなことメゾン マムでなければできないだろう!」という迫力を感じました。いや、もちろん、メゾン マムはそんな好戦的なブランドではないとはおもいますが……あくまで、昭和生まれの私のイメージです。
タクタイルなコミュニケーション
そういうイメージを深めたのは、このシャンパーニュを振る舞うイベントを司ったヤン・ムニエさんの一風変わったプレゼンテーションにも理由があるとおもいます。私、この日、自らの失態で遅刻して会場に到着したのですが、到着すると他の参加者たちは静かに謎めいたオブジェを触りながら「マム グラン コルドン」と「マム グラン コルドン ロゼ」を試していたのです。
お隣の席に招いてくれた西麻布の名店「Cave Cinderella」の藤崎聡子さんが手短に解説してくれたところによると、触れたもので味覚が変わる、という実験をやっている最中なのだそうです。
途中から聞いたヤンさんの話と、藤崎さんほか周囲の親切な面々の説明によれば、この実験は同じ「マム グラン コルドン」と「マム グラン コルドン ロゼ」でも、金属を触れながら飲めばクールさや苦みを、レザーならばまろやかさを、テラコッタでは渋みや収斂性を、ガラスではボリュームやテクスチャーをより感じられるのではないか? というヤンさんのアイデアを体験してみて欲しい、という趣旨でおこなわれているそうです。
私はしばらくは「マム グラン コルドン」と「マム グラン コルドン ロゼ」の素晴らしい仕上がりに圧倒されていたのですが、これらオブジェを触りながら落ち着いてくると、今回、格が上がったように感じたというのはつまり、この実験の意図するところと同じ、シャンパーニュがより多面的になり、より深みを増した、ということなのだと考えるようになりました。
後から聞いた話によれば、ヤンさんはメゾン マムのこと、「マム グラン コルドン」のことをほとんど語らずに、とにかく味わってみよう、この実験をやってみよう、とイベントをスタートしたのだそうです。それって、やっぱりそれだけシャンパーニュの完成度に自信がある、ということだと私は解釈します。
シャンパーニュは最短でも15カ月の熟成が義務付けられ、実際はもっと長い年月をかけて造られるワインです。だから、ヤンさんの実力が発揮されるのはまだ、これから。ここまで条件の揃ったメゾンを背負っていくなんて…… 大役です! ヤンさんはこれから、どんな世界観をつくっていくのでしょう? 2年後、3年後に現れるであろう「マム グラン コルドン」もちゃんと味わって、今度こそ乗り遅れないようにしようと私は肝に銘じたのでした。