今回は、大河ドラマ『光る君へ』において、藤原道長のもう一人の妻・瀧内公美が演じる源明子を取り上げたい。

文=鷹橋 忍

高松神明神社 写真=フォトライブラリー

父は光源氏のモデルの一人?

 源明子は、康保2年(965)頃に生まれたとされる(ここでは、明子の年齢を康保2年で計算する)。

 康保3年(966)生まれの道長より一つ年上で、康保元年(964)生まれの黒木華が演じる源倫子より一つ年下である。

 紫式部の生年も諸説あるが、仮に天延元年(973)説で計算すると、明子が8歳年上となる。

 父は、左大臣源高明だ。高明は醍醐天皇の第十皇子で、「源姓」を賜わり臣籍に下った。有職故実書『西宮記』を著わしたことでも知られる。

 高明は、『源氏物語』の主人公・光源氏のモデルの一人といわれている。

 母は、道長の祖父である藤原師輔の娘・愛宮。愛宮の母は、醍醐天皇の皇女雅子内親王である。

 

「安和の変」で父が失脚

 高貴な血筋に生まれた明子だが、冷泉朝の安和2年(969)3月、明子が数えで5歳のころ、「安和の変」父・源高明が失脚してしまう。

 高明は村上天皇の子である為平親王を娘婿に迎えていたが、高明が首謀者となって為平親王を擁立し、冷泉天皇を廃しようと企んでいるとの密告により、高明は大宰権帥として九州に左遷させられたのだ。

 高明に代わって、藤原師尹(藤原師輔の弟)が左大臣に昇った。

 繁田信一『天皇たちの孤独 玉座から見た王朝時代』では、「高明謀反」の密告は虚偽であり、安和の変を仕組んだのは、段田安則が演じる藤原兼家と、兼家の兄・藤原伊尹であっただろうとしている。

 いずれにせよ、高明の政治生命は絶たれた。

 祟りを恐れて朝廷は高明を赦免し、天禄3年(972)に帰京が叶うも、葛野に隠棲し、天元5年(983)、69歳でこの世を去っている(『人物・日本の歴史 第3巻 川崎庸之編「王朝の落日」』)。