1200ヘクタール以上と、シャンパーニュ メゾンとしてもっとも広い自社畑をもつ「モエ・エ・シャンドン」は、シャンパーニュ地方の自然遺産を守るための取り組み「NATURA NOSTRA(ナチュラ ノストラ)」を行っている。同プログラムのためにメゾンが設定した高い目標に全従業員が参画。さまざまな生物の多様性をサポートするプログラムを実施している。

「NATURA NOSTRA(ナチュラ ノストラ)」とは

 1社で保有するブドウ畑の規模としてはシャンパーニュ地方最大を誇るモエ・エ・シャンドンは、20世紀初頭、シャンパーニュ地方に壊滅的な被害をもたらした害虫・フィロキセラの蔓延との戦いで、ブドウ栽培・ワイン醸造の研究所「フォート・シャブロル」を設立して、戦いの最前線に立ったメゾンだ。「NATURA NOSTRA(ナチュラ ノストラ)」はそのモエ・エ・シャンドンが、現在の気候変動に立ち向かうために考案し、生物の多様性をサポートするプログラム。

 2021年「フォート・シャブロル」に1,743本のブドウの木の植樹を行ったところから、このプログラムは始まった。

 「ナチュラ ノストラ」(和訳するならば「我々の自然」)では、地域社会とともに土壌の再生や動植物の育成に取り組み、自然界への人間の介入の仕方を見直し、動物たちのすみかを作り、生態系のバランスを確立するのを目的としている。

生物多様性を実現する2つの柱

 プログラムは生物多様性を実現すべく2つのことを柱としている。

1.生態系コリドーづくり

 動植物種が移動して餌を探したり、休息したりできるように、 100キロメートルにおよぶ森林や緑地を繋げた空間である「生態系コリドー」がつくられている。 2022年に10kmの生態系コリドーが完成。2023年から 2027年にかけて、ブドウ栽培のパートナー農家や各種企業、 地方自治体の支援を受けて、さらに90キロメートルの生態系コリドーを整備する予定だ。

2.生きた土壌のための再生農業を加速化 

 自然界への人間の介入の仕方を見直し、動物たちの自然のすみかを増やし、単一栽培の景観を多様化して生態系のバランスを図るべく、除草剤や機械を使わず、土壌を守りながら雑草を抑制する再生農法を取り入れ、羊を使った緑地管理により、温室効果ガス排出量と大気・騒音公害を削減している。また、ミツバチの巣箱を設置することにより、生物多様性の保護に取り組んでいる。ブドウ畑と多様な生物が調和した関係を築き、病害虫の発生を抑え、土壌構造を改善し、土地の保全性を高めることを狙いとしている。

2つの柱を実現する3つのプログラム

 「生態系コリドーづくり」と「生きた土壌のための再生農業を加速化」を実現するプログラムは主に3つ。

BEEHIVES ミツバチの巣箱(380ヘクタールの土地を生物多様性保全のために開放)

 自社ブドウ畑の1,280ヘクタールに含まれない380ヘクタールの土地をミツバチやその他の花粉媒介者となる昆虫に開放している。この取り組みは15年前にオーブ地方のジャイ・シュル・セーヌ地区でスタートした。現在はマルヌ、エスヌ、オーブの各地区に約70のミツバチの巣箱を所有。ブドウ樹の成長はミツバチなどの花粉媒介者に依存しないが、ミツバチにとって、ブドウ樹は魅力的な植物。ミツバチやその他の花粉媒介者のために堤防を築き、低木の生垣を植えて灌木地帯を作り、草刈りを遅らせ、除草剤をやめ、生物多様性の保護に取り組んでいる。2017年「RBA(レスポンシブル・ビジネス・アライアンス)協会」とのパートナーシップを発足。野生および飼育される花粉媒介者および植物が1年を通して存在する場所を特定し、地図を作成した。花蜜と花粉の潜在能力を評価し、野生のミツバチと飼育のミツバチの競合を査定し、受粉樹種の目録を作った。

PLANT COVER カバークロップ(除草剤や機械を使わず、土壌を守りながら雑草を抑制する再生農法 )

 モエ・エ・シャンドンでは2020年に全ての除草剤の使用を中止した。しかし、除草の際にトラクターを使用すると二酸化炭素排出量が増加し、土壌が圧縮されることが予想され、再生農法に着目。 具体的には、土壌の有機物を増やし肥沃度を高める能力を持つ特定の植物種をカバークロップとして畑に植樹した。ブドウの収穫後に畑の畝間に蒔かれたアルファルファ、オーツ麦、マスタード、ライ麦などからなるカバークロップは、冬から春にかけて成長し、バイオマスを生産する。バイオマスは、土壌を覆い、雑草の再繁殖を防ぐ。その結果、耕作が抑えられ、温室効果ガスの排出が削減される。

ECO-GRAZING(エコ放牧 羊を使った緑地管理)

 環境への影響を軽減するため、 羊の放牧による冬季のカバークロップ管理など、さまざまな農業生態学的な取り組みを試みている。 2020年には、フランス原産の羊5種の飼育試験をスタート。 2022年には100ヘクタールの土地で220種以上の羊の飼育を開始。イル・ド・フランス羊と サフォーク羊という2種の主要血統を取り入れているほか、 ソロノート羊 、メリノスウール用イースト羊 、イースト ウエッサン羊といった絶滅危惧種の保護も目指す。

 また、羊を使ったエコ放牧では、下記のようなメリットもある。

・温室効果ガス排出量と大気・騒音公害の削減:トラクターなどの機械に代わり、羊を放牧して土壌を管理する
・土壌の保護:トラクターが土壌を破壊するのとは対照的に、羊は立ち入りが困難な場所にも入ることができ、土壌の圧縮と沈下を防ぐ。羊の糞は天然の肥料にもなる
・地域の生物多様性の保全:多様な動植物に適した地域形成に役立つ

 モエ・エ・シャンドン メゾンは、2001年から持続可能なブドウ栽培を開始し、2007年にはシャンパーニュ地方にあるすべての事業所で「ISO-14001認証」を取得している。2014年には、「シャンパーニュにおける持続可能なブドウ栽培認証(VDC)」、「環境価値重視認定(HVE)」を取得。自社のブドウ畑だけでなく、300ヘクタールの森林と約80ヘクタールの天然草地を含む380ヘクタールを生物多様性の保全に充てている。

 モエ・エ・シャンドンの規模、影響力を考えれば、この動きはシャンパーニュ全体の未来を占うものと言っても過言ではないだろう。