シャンパーニュにグリーンレボリューションを起こす!として公約を守る政治家のように歩みを進めるテルモンが、最近、日本でも革命運動を活発化させている。

その活動はシャンパーニュ地方にとどまらず、日本の山梨でも……

破天荒な野心家とガンコ職人の出会い

パンデミックが世を席巻しようとしていた頃、モエ・ヘネシー・ディアジオ、レミー・コアントローといった大手企業で華々しいキャリアを積んだルドヴィック・ドゥ・プレシは「新しいこと、人生を賭けられるなにかを見つけたい。それは、ビジネス、ラグジュアリー、サステナビリティが完璧に揃うなにかにあるべきだ」という内なる声に突き動かされ、シャンパーニュ地方を自転車で旅していたという。

そして、かのシャンパーニュを代表する一大組織「モエ・エ・シャンドン」が本拠地を構えるシャンパーニュの中心地、エペルネから、西に8kmほど行ったところにある、ダムリーという、シャンパーニュ好きもあまり知らない村で、運命の出会いを果たした。この村は、1912年にシャンパーニュの造り手として独立したアンリ・ロピタルという人物が始めたシャンパーニュ・メゾンが、1968年から拠点としてる村で、そこで、そのメゾンと、そのメゾンで栽培と醸造を取り仕切る4代目・ベルトラン・ロピタルという人物に出会ったのだ。

ベルトラン・ロピタル氏
写真は珍しく来日した際に筆者が撮影したもの

ベルトランは農業とワイン造りのオタク。酸味のバランスの追求に余念がなく、理想とする、あくまで軽快で、しかし充足感とのバランスが申し分ないシャンパーニュを生み出すこと心血を注ぎ、ほとんど外に出ることもなく、畑と醸造所に籠もっているような人物だ。良いワインは良いブドウなしに出来ず、良いブドウは良い土地でしか育たない、というシンプルなロジックに従順で、2017年、シャンパーニュ地方では真っ先にオーガニック認証を取得していた。

「グラン・クリュとかプルミエ・クリュじゃないけど、そんなの関係ない。ダムリーの土を両手にすくって、顔を近づけると、そのまま食べたくなるほどいい香りがするんだ」

テルモンの自社ブドウ畑はダムリーに25ha。その他、ロピタル家との長年の付き合いの農家の畑など55haの契約畑からブドウを調達している

メゾンのシグニチャー、ベルトラン・ロピタルの理想が結実した『レゼルヴ・ブリュット』に惚れ込み、ここで良いものが出来ないわけがない、と確信したルドヴィックは「俺はここで死ぬ」と決意を固めた。2020年、ルドヴィック・ドゥ・プレシはメゾンの実質的新オーナーに就任。「シャンパーニュ・ド・テルモン」という名前だったメゾンを単に「テルモン」へと変更し、この地から、シャンパーニュの革命を目指すことにした。

ルドヴィックの友人 俳優・レオナルド・ディカプリオ氏も出資者として、グリーンレボリューションに参加している

このあたりの話は、以前にも、詳しく書いているので、今回はここまでにして、今回は、じゃあその革命はどういうもので、いまどうなっているのか、の話をしたい。

シャンパーニュ地方では4%にとどまるオーガニック認証というけれど……

ルドヴィックがやりたい革命、グリーンレボリューションの達成目標はまとめると以下の2つになる。

1. 2030年までに「クライメートポジティブ化」(温室効果ガスの排出量より吸収量が上回る状態)、2050年までに「ネットポジティブ化」(温室効果ガスの排出量をはるかに上回る補償がでている状態)

2.生物多様性による環境保全とブドウ畑のオーガニック転換を自社は2025年までに、自社に関わる農業において2031年までに100%達成

こうまとめてしまうと、これは自社の達成目標なのだけれど、これをレボリューションと呼称しているのは、この活動で、シャンパーニュ全体に影響を与えたい、という目論見があるからだ。

そのあたりをもうちょっと詳しく、まず、テルモンがすごくこだわる、オーガニック認証から話をしたい。

テルモンは自分たちが「シャンパーニュ地方では4%にとどまるオーガニック認証を、現在すでに、収穫するブドウ畑の約83%で取得しているメゾン」である、という。これはすごいことだ。なにぶん、シャンパーニュ地方はオーガニック栽培は難しい、とされているから。

現在はイギリスの南方でも上質なワインが造られていることから、一概には言えなくなってきているけれど、シャンパーニュ地方はブドウ栽培の北限とされる寒冷地だ。実際、先述のエペルネのあたりは9月の終盤くらいに行くと、いまでも日が暮れると結構寒い。さらに、春先の雨とか霜とか雹とかいったいたずらな天候もあって、無事にブドウ樹に花を咲かせ、熟した果実が収穫できるまで育て上げる難易度が高い。

テルモンのブドウ畑。冬の様子

この不利な条件を逆手にとって、シャープなワインを技巧的に造るのがシャンパーニュの個性でもあるのだけれど、どうしたって、ヤバいときはある。

特に、シャンパーニュの原料であるシャンパーニュ地方のブドウを育てているのは、家族経営のごく小規模な農家が多い。彼らはうまくブドウが収穫ができず、結果、今年の収入は昨年の半分です、などとなったら死活問題だ。

化学肥料、殺虫剤、除草剤といったものは、誰も、じゃんじゃん使いたいとおもっているようなものではないけれど、ヤバいときにブドウを守る、人類の化学と科学の切り札。

オーガニック認証を取るということは、この切り札が封じられるということだ。まず3年間、そして認証をキープするには、その後もずっと。ついでに、認証の取得等にはそこそこの費用もかかってくる。だから二の足を踏む。

とはいえ、世の中の流れはあきらかに「自然派」に向いている。結果的に、シャンパーニュ地方では、オーガニック認証ではなくとも、なんらかの環境認証を取得している、あるいは取得しようとしている、という栽培地は全体の70%程度になっていて、2030年までには100%を目指している。また、すでに実質的にはオーガニック認証相当、あるいはそれ以上である、という造り手もいる。

ただ、それで「なんだ、じゃあいいじゃないか」とは言いきれない。この流れを確実なものとし、より加速していくためには、結局、シャンパーニュでワインを造る企業が、適正な価格で商品を売り続け、その利益を土地・農家に還元していく以外の手はない。そこで、オーガニック認証というのは、世の中的に、実にわかりやすい。「オーガニックに挑戦する農家のブドウは、積極的に、かつ高く買う」ルドヴィックはそう約束している。

自社以外の環境負荷を0にできるのか?

と、これはこれで難題のオーガニック化だけれど、もっとハードルが高そうなのが、クライメートポジティブ化、ネットポジティブ化だ。

しかも、こちらを達成するにあたって、オーガニック認証の取得を含む、ワイン造りのうちの農業部分は貢献度が小さい。

それよりも、シャンパーニュ内部でブドウを移動させ、ガラスボトルの中でその果汁を5~6気圧という、ちょっとした爆弾にして世界中に売る、その流通工程で発生するエネルギーとその結果としての環境負荷のほうがよほど大きい。

実際、テルモンはそこのところを測っていて、それによると、ルドヴィックが革命に乗り出した最初の1年、2020年から2021年で、テルモンが排出したCO2換算で725トンの温室効果ガスのうち、自社での農業とワイン造りで発生した分は全体の10%だという。

残り90%がボトルの購入、ブドウの輸送、包装、製品の輸送、事業活動、出張等で発生している。テルモンは年間生産量40万ボトル程度の小規模組織だから(1本数万円の高級シャンパーニュだけを造っている小規模メゾンでもこの程度は造っている)、排出量はそもそもかなり小さいはずで、そのうちわけも、おそらく他社では、もっと農業以外が大きい。

 2030年までに「クライメートポジティブ化」という目標の時点で、実質的にゼロにしなくてはいけないのは、この90%部分なのだから、かなり途方もない挑戦だ。

しかも、1)このうちの27%程度を占めるのは、テルモンが使う自社所有以外のブドウ畑でのブドウ栽培農家によるブドウ生産と輸送によるものであり、2)同程度のパーセンテージを、ボトルの製造が占めている、とのこと。これらは、いずれも他社さまの事業活動である。

1)に関しては、オーガニックに挑戦する農家を積極的に支援する、という活動と同様のアプローチがとられるものとおもわれる。テルモンは自社畑に関しては、バイオ燃料の使用、再生可能エネルギーの使用などで負荷軽減を実現しているので、そういう成果を関連する農家にもフィードバックしていくのだろう。

2)に関してが興味深く、リサイクル不能な透明ボトルを廃止し、100%リサイクル可能なグリーンのボトルに切り替えるだけで、19.3%ものCO2が削減できたのだそうだ。

テルモンが2023年9月に新発売した『ブラン・ド・ブラン 2014』。2014年のワインなので、まだ透明ボトルを使用している。2020年代のヴィンテージはこれが濃緑色のリサイクルボトルになる

さらにボトルを、シャンパーニュで最も一般的な形状のボトルに統一するとともに、ボトル(835gある)を35g軽量化することにボトル製造会社とともに成功したことで、0.9%削減、ボトルとラベル以外の梱包を廃止したことで1.4%削減している。加えて、航空輸送の廃止で0.9%削減、と、ちょっとずつ、カーボンフットプリントを小さくしていっているのだそうだ。

フランスのガラス製造会社Verallia社と連携し、軽量ボトルを実現。ボトルの肩のあたりのガラス圧を減らしているという。このボトルに入った商品が市場に登場するのは2026年からの予定だ

ちなみに、テルモンは、小規模かつ、2021年まで、世界3位のシャンパーニュ市場である日本に入っていなかったくらいで、そもそも、ボトルの輸出量も輸送距離も小さく、かつ、特殊ボトル、豪華パッケージの採用例も少ない。生産量のほとんどを輸出し、折々に特殊パッケージ、特殊ボトルを出しているメゾンになれば、そういった活動の見直しだけで、より多くの負荷軽減を実現できるだろう。

俺たちに出来て、よそで出来ないことはない

先ごろ、新作『ブラン・ド・ブラン 2014』の発売と、山梨のオーガニック農家「Crazy Farm」とのレストランイベントなどで、ルドヴィックが来日した。

左がルドヴィック・ドゥ・プレシ。そのとなりがフォーシーズンズホテル東京大手町「est」のギヨーム・ブラカヴァル シェフ、一番右がシンガポールから来日した「Odette」のジュリアン・ロワイエシェフ。そして彼らに挟まれているのが「Crazy Farm」の代表 石毛 康高氏。2人のシェフとルドヴィックは「Crazy Farm」で野菜を収穫し、その野菜を「est」を舞台にジュリアン シェフをゲストに迎えて調理して、テルモンとペアリングさせるディナーを開催した

誘ってもらって再会したので「商売は順調?」と聞くと「ああ、よく売れているよ!日本でも成長している」と朗らかに言った。そもそも、そういうことをあっけらかんと言うCEOというのが珍しい。そのうえ「とはいえ、僕らの革命はまだまだ、これからだ」と付け加えるあたりが、この人物の誠実なところ。

ルドヴィックの革命のベーストーンは友愛的だ。

オーガニック栽培に切り替えない農家を切り捨てるのではなく、オーガニック栽培に切り替えられない理由を潰す、という姿勢もそうだし、シャンパーニュのボトルが835gから800gに出来た、みたいなちょっとしたことだって、彼が大声で言わなければ、多分、ほとんどの人は気にしなかった。

それでテルモンが軽減できる負荷は、氷山をスプーンですくい取った程度かもしれないけれど、そもそも自社が何本ワインを造っているかすら明言しない造り手もいるなかで、自社の環境負荷を公表して、なにをするとどの程度の負荷軽減になるのかを数字で公開している、というのは驚くほどに誠実だ。そして──

「こんな小さなメゾンでもこの程度は出来るんだ。よそがやれないなんてこと、考えられないだろ?」

というのが、戦闘的なところ。

ルドヴィックの言うことは現状、真善美を兼ね備えている。筆者の知る限り、シャンパーニュに、そういうルドヴィックに真っ向から反駁するような造り手はいない。ただ、こういう綺麗事を大声で言われてしまうと、バツが悪い、という組織はそれなりにいるようにおもう。

ルドヴィックがマイノリティの側にいるうちは、それはバツが悪いで済む。しかし、あと10年、20年経ったとき、誰がマジョリティなのかは、現状、なかなかあやうい。シャンパーニュは高級なものほど、生産からリリースまでに必要な年月が長い。10年後に、特殊ボトルをやめる、リサイクルガラスにする、などと言い出しても、それが世に出るのは、さらに10年後だ。その頃にはテルモンはもう、完全オーガニックのフルラインナップを軽量なリサイクルボトルの中で完成させ、世界の主要市場にエコロジカルに届け終わっている。つまりラグジュアリーブランドの序列がひっくり返る可能性だって、あるのだ。