ワイン商社大手の「モトックス」。この会社は世界中から超優良なワインを 買い付けしている有名な会社なんですが、そのモトックスが山梨県の勝沼醸造とタッグを組み、甲州ワインを造り続けていることをご存知でしょうか? その名も、「甲州テロワール・セレクション」。発売開始から、今年で10周年を数えたそうです。しかしながら、なぜ輸入業者が日本の醸造メーカーと手を組み、甲州ワインを造り続けるのでしょうか?

日本ワインの再びの夜明け。それは日本固有品種にアリ!

えー、そもそも皆さんは甲州ワイン(※)を飲んでますか? もしかして、なんとなく敬遠していたりして……。何を隠そう、私もそうでした(ごめんなさい)。昔飲んだネガティブな記憶がどうしても払拭できず、安いけどなー、がぶ飲みにはいいかもしれないけどなー……と、“けどなー”症候群が、つい頭の中を駆け巡るのです。日本のワインが最近、とても美味しいことは知っていますが、それはシャルドネ、メルローなど欧州系品種に限るのでは? とまったく勘違いしておりました。
※甲州種のブドウを醸造したワインのことを、この記事では甲州ワインと記します。ちなみに、甲州市では他の品種のワインも造っていますから、ごっちゃにならないように気をつけてください。

甲州種とは、グリブドウ。薄紫色の果皮を持つ品種です。ヨーロッパ系品種に比べて苦味がありますが、それが大きな武器となるのです。

ズバリ、昨今の「甲州種」はとても美味しいのです。いえ、すべてが美味しいとは言いません。志の高い造り手によるものは、他のブドウ品種に代えがたい特徴を備えています。シャルドネやソーヴィニヨンブランではとても到達できないオリジナリティがあるのです。

ちなみに甲州種とは、日本固有のブドウ品種のこと。その発祥はコーカサス地方(つまりヨーロッパ系品種と同じ)にさかのぼり、日本にたどり着くまでに中国系ブドウ品種のDNAが混ざったと伝えられています。シルクロードを経て、日本には西暦718年(または1186年。諸説あり)に持ち込まれ、現在の山梨県甲州市を中心に、江戸時代にその栽培が花開きました。

勝沼醸造の有賀 淳さん(現社長の次男)。モトックスとのコラボ企画を推進する勝沼醸造側の責任者です。

甲州種の特徴をひと言で表現すると、これは勝沼醸造(※)有賀 淳さんの受け売りなのですが、「冷奴に合う、白ワイン」。私、この例えを聞いた時に、なるほど! と膝を打ちました。何もつけずにいただく冷奴の清らかな甘みとコク、その繊細さに寄り添うのが甲州ワインであり、醤油を一滴垂らした後の発酵の旨味をも、甲州ワインはおおらかに包み込みます。香りと味わいが喧嘩せず、そっと優しく手を差し伸べられているような感覚なんですね。ですから、出汁を効かせた澄まし汁も超バッチリです。日本の食卓に、とても合うワインなんですよ。
※勝沼醸造とは、1937年の創業ながら、甲州種の醸造ノウハウに長けていることで評判の酒蔵。日本全国の甲州ワイン生産量のおよそ1割を、この勝沼醸造1社が占めています。

山梨県勝沼市に位置する勝沼醸造の外観。

では、昔の甲州ワインが残念(失礼っ!)で、今の甲州ワインが優れた個性を発揮しはじめた理由って何だろうって思いますよね? それは、フランスのモノ真似を止めたこと。シャルドネやソーヴィニヨンブランの造り方を、甲州種に当てはめても、決して上手くは行かないのです。

そもそも彼の地と日本では土壌がまったく違います。向こうは水はけがよく、土が痩せて、ブドウの樹木は頑張らないと育ちません。頑張って育とうとするから、果実に次の世代の可能性を託します。だから、ブドウの実が抜群の旨味を蓄えるのです。一方で、日本は雨が多く、肥沃な大地です。ゆえに、ブドウの樹木は過保護になりがちです。したがってフランスのようには行きません。でも、甲州種なら意図通りに育つ。1200年間ものあいだ、この地で育てられてきた種の蓄積があるのです。

そしてもうひとつ。醸造工程で人間が操作できる技量がぐーんと伸びました。最近になって、醸造学が発展し、化学的な知見が高められているんです。加えて、私は造り手のワインに対する意識が飛躍的に高まっていることも要因と見ています。甲州種のどういう個性に着目して、どういうワインを醸造したいのか。その目的意識の解像度が高いからこそ、どんな手順を踏むべきかがスムースに導き出され、その結果、ビビッドな特徴が引き出されているんですね。

ちなみにモトックスと勝沼醸造による「甲州テロワール・セレクション」は、畑違いで4種の銘柄がラインナップしています。まるでブルゴーニュみたいに、同じブドウ品種で4つの味わいの違いを描き分けているとは驚きですが、これはモトックスと勝沼醸造の両者が、毎年、ビンテージごとに膝を突き合わせて、醸造の方向性を喧々諤々と決めているそうです。その両者のワイン造りにおける意識の高さ、解像度の高さが、このシリーズの優れた品質を生み出しているのです。

さて、なぜモトックスがそれだけの労力をかけてワインをプロデュースするのかって? それは、甲州種の可能性にかけているからなのでしょう。甲州ワインは、新たな個性として、いま国際的に注目されつつあります。やがて、その美味しさに世界が気づく日が来る。

そうなれば甲州ワインの需要はさらに高まり、今の価格で楽しむことはできなくなります。そうならないうちに! この美味しさをいま楽しんでおくべきだと私は思っています。情報はすぐに世界を駆け巡ります。冷奴と甲州ワイン。その素朴なペアリングに、私はいま虜になっています。

左/『甲州テロワール・セレクション 祝』
勝沼の中心地、祝地区から収穫されたブドウのみで仕込んでいます。ステンレスタンクで熟成されたピュアな味わいに加え、仄かな苦味が感じられます。(希望小売価格:2,400円)
左から2番目/『甲州テロワール・セレクション 下岩崎』
祝地区のなかでも、下岩崎からブドウを収穫。力強い果実味に、フレンチオーク樽11ヶ月のニュアンスが付与されています。(希望小売価格:3,400円)
左から3番目/『甲州テロワール・セレクション 大久保』
フレンチオーク10カ月熟成、グレープフルーツやレモンといった柑橘の香りが際立つ、このシリーズの最高峰銘柄。(希望小売価格:4,000円)
右/『甲州テロワール・セレクション 穂坂甲州』
柑橘の香りに加え、引き締まった酸も特徴。オーク樽9カ月熟成を経ています。(希望小売価格:3,800円)