写真・文=橋口麻紀

世界遺産 モデナ大聖堂

春の訪れを待つ北イタリア

 春の到来を感じる、北イタリアのモデナです。桜が咲き始め、メルカート(市場)にも春野菜がならび、心が躍ります。3月末とはいえ、朝はまだまだ寒く、ダウンジャケットが手放せないこの時期は、「チポッラで出かけましょう」が合言葉です。日中の寒暖差が激しいので、”たまねぎ(チポッラ)”のように何枚も重ね着をして調節できるように、というイタリアらしい表現です。

 新政権となり、約5か月が経過したイタリア。前回もお伝えしたとおり、反移民を掲げている現政権については、先日移民のボートが大破し、残念ながら子供を含む多くの死者が出てしまったことでの対応についても、様々な意見が出ています。今でも連日ニュースで報道されていますが、なかなか厳しい問題です。解決方法が見つからないまま、日々イタリアを目指してくる難民ボート。先が見えない課題を抱えています。

 そして、イタリアは現在、水不足が深刻な状況です。降水が異常に少ない状況が昨夏から続いており、尚且つ今冬も降雪が少なく、山肌があらわになっている雪山も多く、夏までに少なくとも激しい降水の日が50日近くないと、今夏の水不足は更に深刻になると言われています。イタリア北部を横断している、国内で最も長い“ポー川”も低水位が続き、またイタリア最大の湖であるロンバルディア州のガルダ湖も水位が下がり、湖底があらわになり、そこを人が歩ける事態となっています。

 また燃料の高騰も続いており、政府の支援策もほぼなくなり、更に厳しさが増すイタリアの春を予感せずにはいられません。とはいえ、ここはイタリアです。聞こえてくる会話とは裏腹に、春らしいカラーのファッションでおしゃべりを愉しんでいるモデネーゼを目にすると、こちらも笑みがこぼれます。

モデナ チェントロ(中心街)のカフェにて

食の宝庫といわれるモデナ

 北イタリアの小都市、モデナ。街の中心にある世界遺産であるモデナ大聖堂の近くには、1900年代から続く、ビネッリメルカート(市場)があります。モデネーゼの台所でもあり、伝統的なモデナ料理に欠かせない食材をはじめ、食にまつわるものはほぼ入手することができます。私にとっても、モデナ暮らしには欠かせない場所です。

 旬の野菜を手に取ると、お店のシニョーラ(店を切り盛りしているおばさま)が、早速料理法を伝授してくれます。旬の野菜の料理方法の締めの言葉は必ずや「最後に、アチェートバルサミコをかけると最高に美味しくなるよ」と。それもそのはず、アチェ―トバルサミコはモデナでしか造ることができない醸造酢なのです。それゆえに、モデネーゼのターボロ(食卓)には、アチェートバルサミコは欠かせない調味料なわけです。

 また、いつものお肉屋さんに立ち寄ると、これまたシニョーラがトルテッリーニ(詰め物をして指輪状にしたパスタ)には欠かせないブロードの作り方を丁寧に説明してくれます。この地域ならではのお肉を使ったブロードは、驚くほど美味しくできるのです。などなど、アチェートバルサミコをはじめとして、トルテッリーニやフォルマッジョ(チーズ)、またランブルスコ(赤ワインの微発泡)などエミリア ロマーニャ州が発祥と言われているものが多くあり、これらの食材を活かしたモデナでしか食することができないピアットなどを求めて、小都市ながら世界の食通が足繫く通ってくるのです。そして、このビネッリメルカート(市場)はモデナのレストランにとっても欠かせないのは言うまでもありません。

ビネッリメルカート(市場)内のトルッタリー専門店

モデナのミシュラン3ツ星レストラン

 モデナが食通の通う街として知られているのは、世界一のシェフと称されるマッシモ・ボットゥーラ率いる「オステリア・フランチェスカーナ」があることもあげられます。世界のベストレストラン50で2度も世界一に選ばれたレストランは住宅街にひっそりと佇んでいます。今でも、予約が困難なレストランとしても有名で、コロナ禍が落ち着きを見せ始めたころから、イタリア国外からのゲストが再訪するようになり、レストラン前で写真を収める人を数多く見るようになりました。

 モデナで暮らし始めて約4年。このタイミングで、「オステリア・フランチェスカーナ」のピアットを堪能できる好機が春とともに訪れ、ミオ マリート(私の夫)とともにマッシモ・ボットウーラの世界に誘われました。

 ピアットはどれも繊細で五感を魅了するもので、口福な時間を過ごしたのはいうまでもありません。モデナの伝統料理を昇華させたピアットの数々には、モデネーゼでもあるボットゥーラ氏の誇りを感じました。ピアットのすべてが素材を生かしながらも、オリジナリティーに溢れていて、世界の食通がこのレストランのためにモデナを訪れることにも納得です。レストランを後にしてからもなお、ピアットの余韻が口に広がっていたのは、ミオ マリートと私にとってはある意味で衝撃的でした。

ピアットに環境問題のメッセージを託して

 また、その美味しさとともに、心を奪われたことがあります。それは、ピアットの数々の中にイタリアの環境問題を表現したピアットがあったことでした。

 カメリエーレがこちらのピアットを提供してくれた瞬間、興味をひかれるというか、なぜに大きさが不釣合いで、意味不明なプラスティックが来るのだろう?何なのだろう?という想いが過ったのもつかの間、カメリエーレが語りだしました。「プラスティック越しに見えるお料理は美しくなく、そして香りもしないのですよね」と言って、プラスティックプレートを外し、「Buon appetito( 素敵なお食事を)」と。すると、プラスティック越しではわからなかった、目にも鮮やかな色とりどりと食材と、それらが織りなすハーモニーの香りが五感に響き渡ったのです。なんとも、素晴らしい演出でした。

 プラスティックを使用することで、味も香りも、そして本来の食材の色さえもわからくなってしまうというプレゼンテーションによる、深刻になっているプラスティック問題への投げかけだったのです。

 そして、次なるピアットは、「カンビアメント クリマティコ:シチッタ デル ポー」と名づけられていました。その意味は、「気候変動:ポー川の干ばつ」。冒頭でも記したのですが、まさに今深刻になりつつある問題なのです。お料理を囲んでいるような黄色いポレンタ(とうもろこしの粉)で、低水位の干ばつしたポー川からあらわになってきている、土砂を表現しています。そこに、降水をイメージさせるようにサルサを纏わせるのです。

 まさか、このような問題を「オステリア・フランチェスカーナ」で美しいピアットを通して投げかけられるとは露ほども思っていなかった私たちは、完全にボットゥーラ氏にノックアウトされたのでした。

 予約が困難で、世界の要人たちからも親しまれているマッシモ・ボットウーラが率いる「オステリア・フランチェスカーナ」。美味しい=口福に誘ってくれるということが、ゲストがレストランに求める最大の魅力です。また予約が困難と聞けば更に人気に拍車がかかります。このような、レストランの図式にどこか「オステリア・フランチェスカーナ」を当てはめていた感があったことに、猛省をした瞬間でもありました。そして、ミオ マリートが「ソウルに突き刺さった、まさにソウルフード。まさかこのような衝撃を受けるとは考えてもいなかった」という驚きで、レストランを後にするときの表情がいつもとは異なっていたのです。

 マッシモ・ボットウーラからのメッセージを受けて、自分たちができる環境問題への取り組みについて、改めてミオ マリートと考える好機にもなりました。口福とともにソウルも揺さぶられた時間に感謝したのは言うまでもなく、これからも彼の発信する様々なメッセージを逃さないように、アンテナを立てて、キャッチしながら、環境に配慮した暮らしをさらに進めていきたいと思ったモデナの春の一日でした。