文・写真=橋口麻紀

あのフェラーリが新しくウエアのコレクションを発表し、そのショーを本社があるイタリア・マナネッロで開催するという情報が入った。席はまだ若干あるという。それで急遽、本サイトにコラムを寄稿いただいている、モデナ在住の橋口麻紀さんに参加してもらった。以下、橋口さんのレポートである。

フェラーリ勤務の夫も知らないショー

 6月のイタリアは、21:00ごろまで太陽が降りそそぎ、最高のシーズンです。ここエミリア・ロマーニャ州の小都市モデナも、本格的な夏到来でモデネーゼの顔にも笑顔があふれています。

 そんな私も大好きな6月のとある日、まさかのサプライズが!  なんと、フェラーリがファッションショーを開催するとのことで、そのショーへのお誘いをいただいたのです。サプライズというのも、フェラーリに勤務している夫とは、毎日仕事の話も含め小さなことでもほぼ共有していたのに、フェラーリがショーを開催することは、全く話題になったことがなかったからです。

 早速、夫にショーの開催について話をすると、やはりその情報は知らなかったようで、夫も驚きながらマーケティングに確認をしていました。すると、マーケティングも今回のプロジェクトについてはハンドリングをしていないことが判明。そこまでの極秘プロジェクトがまことしやかに社内で進んでいたことに、夫が驚いたのはいうまでもありません。私はと言えば、そのようなショーにお誘いをいただいたことへの緊張もありながら、またとないこの好機に、もちろん参加させていただくと返答させていただきました。

 お返事はしたものの、詳細がわからないので、フェラーリ内のどこで開催されるのかを夫にシミュレーションをしてもらいました。結果、その第一候補は、以前フェラーリグッズが販売されていたフェラーリストアなのでは? と。リニューアルを目にしていたので、そう考えたようです。結局、最後まで開催場所は、本社マラネッロということのみしかわかりませんでした。

フェラーリ本社のエントランス

 お返事をして数日後、今回のプロジェクトのコミュニケーション担当のPR会社さんより少しづつ、情報をいただき内容がわかってきました。午前中にフェラーリエキスペリエンスなどのプログラムがあり、フェラーリワールドを存分に堪能した後にショーが開催されるということ。そして、最後はマッシモ・ボットゥーラが手掛ける、リニューアルオープンしたばかりのリストランテ「イル・カヴァリーノ」でのディナー。まさにラグジュアリーの極みというべきプログラムだったのです。

 私は残念ながら、所用がありフェラーリエキスペリエンスは参加できなかったのですが、ディナーには参加させていただきました。リストランテの情報は、また追って書かせていただきます。

 お誘いをいただいてから、ショー当日までの約1週間、フェラーリ社員も知らないというこのプロジェクトに、期待が高まるばかりでした。モデナに住み始めて約2年。モデナでしか体験できないプロジェクトにお誘いをいただいき、この街の素晴らしさを再認識させていただきました。

 

エントランスではフェラーリがお出迎え

 そして、イタリアの太陽とロッソ(赤色)が共演する最高の舞台がととのった中、フェラーリ初のファッションコレクション ローンチのファッションショー当日を迎えました。本社での開催という情報のみで、フェラーリ本社の大きな敷地内のどこで繰り広げられるのか、と期待は高まるばかりでした。

 会社のゲートをくぐりゲストが案内され、スタッフに促され到着した先のエントランスではフェラーリがお出迎え。しかし、そこがどこなのか全くわからず、こちらは案内されるままにエレベーターに乗り込みました。ドアがオープンすると、そこは、なんとフェラーリが製造される生産ラインだったのです。

 あたり一面がロッソに染まった工場には、まさに今製造しているフェラーリがズラリと並んでいました。そのさまは、まさに圧巻。ゲストへのサプライズともいえる演出でした。エントランスで迎えてくれた完成されたフェラーリ群にも圧倒されましたが、この製造過程のフェラーリを見られる機会が訪れるとは夢にも思っていませんでした。

 ショーがスタートするまでのあいだは、なかなか見ることができない希少性の高いフェラーリの数々を間近で見られるという機会。シャンパン片手のゲストは思い思いにカメラを持ち回遊をしていました。ゲストは100~150人くらいだったでしょうか。プレスの参加者は55名ほどとのことでした。大半はイタリアメディアで、フランス、ドイツ、スペインが数名。そして、日本人は私一人でした。

エミリア・ロマーニャ州の知事(ティアドロップをかけている男性)もゲストで

真のラグジュアリーブランドの余裕

 日本であれば高級車の製造工程なので、1台1台にセキュリティーがつきそうなのですが、もちろんそのようなことがないのはイタリア。いや、真のラグジュアリーブランドの余裕なのでしょうか。クルマに接近しているゲストが印象的でした。

6/15にオープンしたリストランテ「イル・カヴァリーノ」を協働したマッシモ・ボットゥーラもフェラーリを撮影

 フェラーリは、イタリア人にとってはパッショーネ(情熱)の象徴であり、どの世代からも憧れであり、リスペクトの対象であり、イタリア人が誇りとするブランドです。イタリア人が多かったこともあり、現場での高揚感はなんともいえないものでした。

 フェラーリ勤務の夫いわく、この生産ラインは担当者でなければ社員でもなかなか入ることはできない工場のようです。コロナ禍の折も、また感染が落ち着きほぼイタリア全土がホワイトゾーン(規制は、屋内でのマスク着用のみ)になった現在でも、生産ラインだけは止めてはならないと、バックオフィスのスタッフのリモートワークは今でも継続中です。

 余談ですが、週一で会社に出勤するも、製造ラインのスタッフが社員食堂では優先順位が高く、バックオフィスの方々は14:30以降と遅い時間のランチになるそうです。そのことからも、この会社の根幹ともいえる工場でショーを開催したことは、いかに重要なプロジェクトであることがうかがい知ることができます。

 

生産ラインがランウエイに!

ショーの開始を待つプレス

 ロッソの色からランウエイに閃光が走り、ショーがはじまりました。

 私の中で、このコレクションは二つのカテゴリーに分かれているように見えました。一つはフェラーリに私がいつも思う、どこから見ても美しい流線的なデザイン。それを彷彿とさせる衣装を纏ったモデルたちが歩くたびに、マテリアルは美しく流れるのです。

 個人的にフェラーリが人々を魅了するのは、他のクルマが追随できないセクシーな流線的なデザインと、フェラーリだけに許されている特別なロッソだと思います。フェラーリが通りすぎた後に思わず振り返ってしまう、流れるような美しさを素材感やプリントで表現しているようでした。レザーも同様に、軽やかで、上質。フェラーリのロッソは、フェラーリたらしめるものでした。

 二つ目のカテゴリーは、クルマのボディーのデザインをパイピング(切り替えし)で表現しているように思えました。カラーリングが絶妙であり、思わず振り返ってしますような印象はこちらも同様です。フェラーリならではの美意識の表現を強く感じました。フェラーリのクルマにはパッショーネと共に、伝統の職人技があってこそ美しいデザインを創り上げていると思うのですが、ここでもそれを随所に感じました。

 イタリア語でクルマはMacchina(マッキナ)。いわゆるイタリアの女性名詞です。フェラーリはその言葉どおり、女性らしい美しいフォルムで人々を魅了し続けてきました。そう考えると、初のファッションショーに女性が男性とともにランウェイに上がるのは、しごく当然な気がします。どこよりも女性を愛する国ですから。

フェラーリ ストアにもラグジュアリーを

 今回のコレクション発表の背景には、世界でも有数のラグジュアリーブランドなのに、なぜフェラーリ ストアではラグジュアリーとは乖離しているものが販売されているのかという、元トップの非常にシンプルなダイレクションから始まったという説があります。

 イタリア人にとってフェラーリというブランドは特別で、ラグジュアリーの、そして、パッショーネの最上級のクルマです。今回のコレクション発表は、ラグジュアリーブランド、フェラーリとして、世界にアピールする好機になったと思います。

 クリエイティブ・デイレクターにアルマーニ出身のロッコ・イアンノーネを起用したことと同様に、レストランをマッシモ・ボットゥーラと協働にしたことからも、フェラーリが自国イタリアに誇りに思っていることがうかがえます。

 創業者であるエンツォ・フェラーリはクルマへの情熱がとても強く、マラネッロのドライブコース内に自宅があるほどでした。その強い情熱を注いだからこそ現在のフェラーリがあるのだと思います。このコレクションは、フェラーリというクルマそのものへのリスペクトと同時に、エンツォ・フェラーリへのリスペクトでもあったのです。

 伝統と革新が見事に融合し、現代に相応しいスタイルで発表したこのコレクションを、エンツォもきっと、ブラボーと賞賛しているのではないでしょうか。