ヒップホップは1970年代にニューヨークのブロンクスで誕生した、といわれている。ラップなど、リズミカルな音楽のからなるジャンルのひとつで、ダンスやサンプリングなどを加え、独自の文化とともに発展してきた。日本にも80年代前半に上陸し、この分野で活躍するアーティストが生まれはじめた。そして現代。そのヒップホップ界のトップランナーのひとりとして走り続けているのが、AK-69なのである。

文=福留亮司 写真=山下亮一

出会いは、名古屋の洋服屋

 AK-69とヒップホップの出会いは、名古屋の洋服屋だった。

 「それまでは尾崎豊が好きで、コピーして歌ったりしていたんですが、バイト先の服屋さんで兄貴分的な人と出会って、そこでヒップホップというカルチャーを知ったんです。店でヒップホップを初めて聞いた時は、ホントに衝撃でしたね。即座に、これだ!と思いましたから」

 それからは、ヒップホップにのめり込んでいった。ヒップホップと出会ったお店も2年足らずで辞めて、デモテープを作り、地元でヒップホップの活動をしはじめた。

 「ヒップホップをはじめたのが17歳だったんですが、本当にやれると思えたのは21、2歳になってからですね。作ったデモテープがやっと仲間内で受けはじめたのがその頃です。その後、自主制作でCDをつくって、名古屋、全国へと広がっていった感じですね」

 ヒップホップのカルチャーのなかには、ファッションも含まれている。AK-69も他のアーティストと同様に、アパレルブランド「BAGARCH(バガーチ)」を立ち上げている。2004年のことだ。

 「ヒップホップとファッションはリンクしてますから。それに当時名古屋では、どのアーティストもブランドを持っていて、1アーティスト1ブランドみたいな時期でした。だから、自分たちで見よう見まねで立ち上げた感じでした」

 そんなファッションブランド乱立の時代は去り、現在はアーティストが興したブランドはほぼなくなったという。そんななか、BAGARCHは未だに健在だ。

 「ありがたいことに、うちはそんなに変わらずやれていますね。BAGARCHは自分の活動に付随したもので、完全に独立したアパレルブランドではないんです。どこまでいってもAK-69の一部ということで。俺が世に蔓延ってるうちは、ブランドも蔓延るっていう感じですね」

 そんなAK-69だが、世界的に有名なヒップホップレーベルであるデフジャムレコーディングスと契約し、メジャーデビューしたのは2017年のこと。まだ2年ほどしか経ってなく、キャリアの大半はインディーレーベルでの活動だった。

 「世間的には、ある日突然AK-69が出てきて売れたって思われてるのかもしれないですけど、実はそうではなくて、一段ずつ階段を上ってきた感じですね。ウサギと亀でいえば、完全に亀です。これまで、ずっとセルフプロデュースをして、自分のやりたいように一段ずつ、亀の実力を信じてここまで来たって感じなんです」

 

やってることは全然変わらない

 だから、レーベルがメジャーになっただけで、やってることは全然変わらないのだそうだ。ただ、自身が代表となり事務所を立ち上げたタイミングでメジャーになったので、勇気は必要だった、と。それでも「リスクを背負わないと何も生まれない」という信条のもと、決断したのである。

 メジャーになって、何が変わったのだろうか?

 「マーケティング等は以前から自分で仕切っているので変わらないんですが、朝の情報番組「スッキリ」や「ミュージックステーション」のような一般の層が見ているテレビに出ることは、自分たちだけでは叶わないので、ヒップホップが好きな層以外の人たちに広めることができましたね。もちろん、メディアにスゴく出るタイプではないので出演は限られるんですが、それでもAK-69はいまでもこういう活動が出来ている、という示しになっているんで、感謝しています」

 さらに、他には変わったことはないのかと聞いてみると、腕時計との答えが返ってきた。

 「本当にいい時計を買えるようになったのは7、8年前くらいからなんで、メジャーデビューとはあまり関係ないですけど。ラッパーって成功したらまずジュエリーなんですよ。良いジュエリーをつけている事がステータスな部分があるので。それから高級車を買って、いい家に住んで、いいものを食べれるようになって、その後ですから時計は。時計から行こうなんてラッパーはあまりいないんじゃないですか?」

 とはいえ、アメリカのラッパーは金の時計をしている人が多いような気がするのだが、違うのだろうか?

「あれは借り物か偽物が多いらしいですよ。俺は偽物をするのが嫌なんです。身に着けるからには、職人さんのパッションが注ぎ込まれているものにしたいんです」

 ふと見ると、彼の腕にはユリスナルダンの「スケルトン X」が装着されている。オールブラックで、ダイヤルがスケルトン。オモテから時計を動かすムーブメントが見える時計だ。

ユリス・ナルダン スケルトン X
手巻き、チタンケース(ブラックDLC)、42㎜径、202万円
問い合わせ/ソーウインド ジャパン ☎ 03-5211-1791

 「単純に黒が好きなんで、真っ黒なスポーティな時計が欲しくて付けたいと思っていました。それでデザインも格好よかったし、歴史をうかがったらスゴいブランドだということもわかってファンになりました。今日のような黒い格好をしている時にあわせます。さり気ないですが、実はビシッとしてる感じがいいですね。普段、AK-69であるために主張してるんで、プライベートではそんなに主張したくないんですよね。それでも、いい時計をしたいな。って時は、この「スケルトン X」を選びますね」

 自身のスタイルも長年セルフプロデュースしながら積み上げてきたもので、1世紀以上継承されてきた時計職人の技術には、相通ずるものがあるのかもしれない。表現方法がヒップホップということで見落とされがちになるかもしれないが、AK-69は紛れもなくアーティストであり、アルチザンでもあった。