文=本間恵子
ビジネスの成功を象徴するモチーフ
ジュエリーのモチーフにはすべて意味がある。その形にシンボルが隠されているのだ。モチーフが表象する意味を知ることは、知的な楽しみでもある。今回は男性でも身につけやすく、しかもちょっとヒネリがあってウンチクを語りたくなるモチーフをご紹介しよう。「カドゥケウス」──ギリシャ神話の神、ヘルメスの杖のブローチだ。
カドゥケウスは伝令神ヘルメスの持ち物で、双翼の杖に2匹の蛇がからみついている。神話によれば、激しく争っている蛇の間にヘルメスが自分の杖を置いたところ、2匹は争いをやめて杖にからみついた。このことから平和の象徴になったとされている。
ヘルメス(ローマ神話ではマーキュリー)は商人の守護神でもあったため、カドゥケウスは商売の成功を表すモチーフとされた。また医学の神アスクレピオスの杖との類似性から、医療のシンボルとも考えられるようになった。商業教育機関や医学校、医療団体のロゴとして使われ、一橋大学や米国陸軍軍医部隊の記章にもこのモチーフが取り入れられている。
アンティークジュエリーディーラーである中島正己氏が監修し、現代の名工として名高い首藤治氏が原型を手がけた「カドゥケウス」ブローチは、国境なき医師団の活動を支援するために価格の10%が寄付されることを心に留めておきたい。
皇室ジュエラーの名品に目をみはる鑑定結果が
次なるカフリンクスは「ファベルジェ」のもの。このメゾンは帝政ロシア最末期に活躍した宝石商、ピーター・カール・ファベルジェの流れをくむ。ギヨシェ彫りに半透明のエナメルをかける技法は、ピーター・カール・ファベルジェの得意とするところだった。
現代のファベルジェは、宝石の鉱山会社ジェムフィールズの傘下にあり、ザンビアのカジェム鉱山のエメラルド、モザンビークのモンテプエス鉱床のルビーなど、良質な貴石を思うままに使えるのも特徴となっている。
メゾンの祖、ピーター・カール・ファベルジェといえば、超絶技巧を凝らしたイースターエッグのオブジェで知られる。ロシア皇帝たちのために豪奢を極めた「インペリアル イースター エッグ」を仕立て、宝飾品史にその名を残した偉人だ。
2014年のある日、英国の骨董商ウォルツキに持ち込まれたのは、ロシア革命後に行方がわからなくなっていたインペリアル イースター エッグ。威風堂々としたそのエッグは、皇帝アレクサンドル3世がオーダーし、1887年に皇妃に贈られた品だった。
持ち主は、米国でしがないくず鉄業を営む男。蚤の市でこれを1万4000ドル(約150万円)で買い、金を溶かして売るつもりだった。エッグの中にはヴァシュロン・コンスタンタンの時計が仕込まれており、そのブランド名を検索するうちに、もしやと気づいたのだという。
ウォルツキはこれを3300万ドル(約35億8000万円)の価値があると鑑定し、さる個人コレクターが購入した。だが一歩間違えれば、跡形もなく溶かされていたかもしれないのである。
紳士たるもの、常日頃から鑑識眼を磨いておくべきだ。くず鉄のなかに埋もれてキラリと光る美術品を見逃さぬように。