文=本間恵子
ゴールドがキラキラと輝き、シンプルなのに華やか
スイスきっての名門ウォッチメゾン、オーデマ ピゲで新作ジュエリーが購入できるといったら意外だろうか。だが、フィレンツェから届いたばかりのスペシャルなゴールドジュエリーを手に取ることができるのは、日本ではオーデマ ピゲだけなのだ。
その新作とは気鋭のジュエリーデザイナー、キャロリーナ・ブッチの「K.I.S.S.」コレクション。一見したところはごくシンプルなデザインで、アイテムはネックレスとブレスレットのみ。驚いたことに、これらは伸び縮みする。細い金線を手作業でコイル状のスプリングに編み上げているのだ。
実際に身につけてみると、宝石は一切入っていないのにゴールドがキラキラと輝き、華やかだ。このきらめきは、先端にダイヤモンドを仕込んだ特殊な工具でゴールドの表面を加工することで生まれる。無数に刻まれた細かな彫りが、光をとらえてキラリと反射するのだ。
この技法は、フィニトゥーラ・フィオレンティーナ(フィレンツェ仕上げ)と呼ばれる。フィレンツェに伝わる伝統的な技で、一度は途絶えたものの、キャロリーナ・ブッチが研究を重ねて現代によみがえらせたのだという。古都フィレンツェはルネッサンス期から金銀の加工で栄え、プッチーニのオペラにもうたわれたヴェッキオ橋には今も宝飾店が並ぶ。キャロリーナはこのヴェッキオ橋に1885年から工房を構えるオラーフォ(金細工師)の生まれなのだ。
スイスを訪ね、ひげゼンマイからアイデアを得る
「無駄をそぎ落としたシンプルなデザインですが、仕立てにはとても複雑で精巧な技術を用い、手間がかかっています」と語るキャロリーナ。「コレクション名のK.I.S.S.は、Keep It Super Simple(できるだけシンプルに)という意味も込めて名づけました」
インスパイアされたのは、オーデマ ピゲの機械式腕時計に組み込まれたバランスホイール(ひげゼンマイ)だという。スイスのル・ブラッシュにあるオーデマ ピゲの工房を訪問した際、最も感銘を受けたもののひとつなのだそうだ。
「このパーツは精度に関わる重要な機能を持っていて、腕時計の心臓部ともいわれます。ごく単純なスプリングの形ですが、その製造や組立には時計師の技が必要とされています。K.I.S.S.も、金線をスプリング状に編む作業は集中力を要し、失敗したらやり直しがききません。ブレスレットのスモールは3mの金線を職人が1時間かけて編み、ラージは10mの金線を3時間かけて編んでいます」
18Kゴールドのカラーはイエロー、ホワイト、ピンクの3色に加え、ブラウンとブラックも揃う。ブレスレットのラージは色違いのゴールドを2層に重ねた構造で、ブラウンゴールドのラージはオーデマ ピゲ限定アイテムだ。
気負わない、堅苦しくない、リラックスした上質ジュエリー
伸縮性があるので留め金はなく、ネックレスはかぶるだけ、ブレスレットは手を通すだけ。留め金を留めるために苦心する必要はなく(女性なら一度は留め金でイライラしたことはあるはずだ)、着脱はいたって簡単。キャロリーナ自身は愛用の腕時計「ロイヤル オーク」とブレスレット何本かを重ねるのがお気に入りだ。
またネックレスはトップスの襟の形に影響されることなく、さっとかぶれば胸元でいつもきれいなU字形を形づくる。ネックレスを手首にくるくると巻きつければ、無造作だがスタイリッシュな手元が完成する。作り方が高度だからこそ、見え方が自然。ドレスにも似合うし、ジーンズとも相性がいいのだ。
「スプレッツァトゥーラという言葉をご存じでしょうか。古いイタリア語で、難しいことをさらりとやってのけているようにみせるテクニック、といった意味です。K.I.S.S.はまさにスプレッツァトゥーラ。ハイレベルですが、エフォートレスなのです」
オーデマ ピゲとキャロリーナとのコラボレーションは2016年にスタートし、これまでジュエリーライクな腕時計が次々と生み出されてきた。その協働へのトリビュートとして、日本ではオーデマ ピゲ ブティック 名古屋のみで「K.I.S.S.」が店頭販売される。手に取って見れば、そのユニークネスが実感できるはず。なにしろ、あのデザインコンシャスなオーデマ ピゲが認めたジュエリーなのだから。