文=本間恵子 写真=栗本光

左、ゴールドとダイヤモンドのブローチ、45万円。中、ゴールドのブレスレット、85万円。右、ストーンカメオとダイヤモンドのブローチ、45万円。(すべて税別)/ヴィクトリアンボックス

クラシックがモードの一大トレンド

 2019年秋、オークションハウス大手のサザビーズが、ドーバーストリートマーケットと組み、ロサンジェルスのストア内でアンティークや年代物のサインドジュエリーを展示した。19世紀のグランドツアーの時代にローマで作られたマイクロモザイクのブローチや、アレキサンダー大王の横顔を彫刻したカメオのリングなど、ドーバーがキュレーションした作品は大いに話題となった。

 この展示が注目を浴びた理由は、今季、「クラシック」がモードの一大トレンドとなっているから。かっちりとしたテイラード風のジャケットやコートで、モダンな装いにちょっとした古典的味わいを加えるのがいまのスタイルだ。となれば、アンティークジュエリーに注目が集まらないわけがない。

 日本にある専門店のひとつで実際にアンティークジュエリーを手に取ってみると、現代に作られた「アンティークっぽい」アクセサリーよりも格段に重厚感があり、ディテールが凝っていて美しい。たとえば「カメオ」のブローチ。ニットやジャケットの襟元をシックに飾るのには最適のアイテムだ。

 映画『風と共に去りぬ』のラストシーンでも、スカーレット・オハラが黒いドレスの胸元にただひとつ、貝を彫ったものとおぼしき大きなカメオのブローチを身につけている。だが、カメオは貝を彫ったものよりも、めのうなどの石を彫ったもののほうが実は格が高いとされている。
 

英国ジョージ王朝期に作られたオールドカットのダイヤモンドジュエリー。ピアス、250万円。リング、400万円。(ともに税別)/ヴィクトリアンボックス

 ダイヤモンドも、現代のものとは違った趣があり、魅力的だ。いま、最も一般的なダイヤモンドのカットは、ラウンドブリリアントカット。これはダイヤモンド専用の近代的なカットであり、20世紀初頭に数学者が導き出した比率によって58面にカットされている。

 一方、それ以前のアンティークジュエリーにはめこまれた「オールドマインカット」「オールドヨーロピアンカット」「ローズカット」などの古い形状のダイヤモンドは、現代のラウンドブリリアントカットのようなギラギラとした輝きはないが、そこは宝石のなかで最も高い屈折率を誇るダイヤモンド。白くキラリと反射される鮮烈な光が美しい。

色の鮮やかさで選びたい、ボヘミアンガーネット

手前の3点は、19世紀のボヘミアンガーネットのブローチ。左、8万8000円。右、8万5000円。下、8万8000円。奥はペルピニャンガーネットのブローチ。12万円(すべて税別)/ヴィクトリアンボックス

 ダークなカラーの装いに、アクセントとして合わせたいのは、血のような赤の「ボヘミアンガーネット」。16世紀からチェコでさかんに採掘され、19世紀に大ブームとなった、パイロープガーネットのジュエリーだ。米国のスミソニアン自然史博物館に行けば、そこで赤一色にいろどられた古いガーネットの髪飾りを見ることもできる。

 こうしたボヘミアンガーネットのジュエリーは、現代でも人気が高いため、他の地域のガーネットでそれらしく作った現代のリプロダクションが多く出回っているが、アンティークに比べると色が暗いし、作りも雑だ。ただ、南仏のペルピニャンで採れたペルピニャンガーネットは別。色が明るく鮮やかで、鉱山が枯渇したため、マニア垂涎の品となっているのだ。

 欧米のアンティーク好きの女性たちの間で人気が高いのは、宝石を横一文字に並べたリング。何本も揃えて重ねづけしたり、結婚指輪と重ねても美しさが増す。貴石の色を鮮やかにしたり、傷を見えにくくする人工的な処理が行われていなかった時代の品なので、ナチュラル指向の人にもおすすめできる。

英国ヴィクトリア王朝期のリング。左から、ダイヤモンド、65万円。ルビー、250万円。エメラルドとダイヤモンド、180万円。ブルーサファイアとダイヤモンド、60万円。(すべて税別)/ヴィクトリアンボックス

 ここでトリビアだが「アンティークジュエリー」とは、一般的に、作られてから100年以上たったものをいう。100年たっていないものは、20世紀ジュエリーと総称したり、40年代、50年代などと年代で呼んだりする。一方で、20世紀初頭に登場した腕時計は、60年代以前(つまり、クォーツ登場より前)のものがアンティークと呼ばれている。いずれにしても、現代の「アンティーク風に」作られたものとは放つオーラが違う。

 19世紀以前は、いまとは比べものにならないくらい金も宝石も産出量が少なく、貴重だった時代。だからジュエリーから宝石を取り外し、金も溶かしてしまうことが多々あった。いま残っているアンティークジュエリーは、きっと何かの理由があって、そのままの形で残されたのだ。

 細工があまりにも見事だったから。宝石があまりにも美しかったから。思い出があり、壊すにしのびなかったから──。残された理由はさまざまだろう。アンティークジュエリーを手に取って、それがなぜ現代まで伝えられたのかを考えてみるのも、また一興だ。