ヴェルヘルム・シュミット 1963年ドイツ・ケルン生まれ。アーヘン大学で経営学を学んだ後、BPカストロールを経てBMWへ。2007~10年までは、南アフリカにおけるセールス&マーケティング責任者、本社のボードメンバーに名を連ねていた。11年1月1日より現職であるランゲ ウーレン ゲーエムベーハーCEOに。

今年はA.ランゲ&ゾーネの代名詞ともいえるコレクション「ランゲ1」が25周年を迎えた。そしてこの2019年は、ランゲ1の新作限定モデルが、全10作のアニバーサリーエディションとして毎月というペースで発表されるという、画期的なプランも実行されている。そんなA.ランゲ&ゾーネの本社CEOであるヴィルヘルム・シュミット氏が来日した。そして、1月に開催されたSIHH後の動きやA.ランゲ&ゾーネの魅力について語ってもらった。

 

発表から数ヶ月経ったランゲ1 アニバーサリーエディションの評価

ランゲ1“25th アニバーサリー” 手巻き、18KWGケース、38.5㎜ 489万円(税別)世界限定250本

 インタビューは都内のホテルで行われた。シュミットCEOにおいては、来日してまだ間もない頃だったが、疲れも見せずに、にこやかに我々に対応してくれた。まず伺ったのは、発表から数ヶ月経過したランゲ1“25th アニバーサリー”エディションへの顧客からの評価である。

「このアニバーサリーモデルに関しては、やはりコレクターズアイテムとしての評価になります。1月のSIHHで発表した「ランゲ1」に続き、2月にロンドンで「グランド・ランゲ1・ムーンフェイズ」、3月にバンコクで「リトル・ランゲ1」、それから、東京で「ランゲ1・トゥールビョン・パーペチュアルカレンダー」を発表。今のところ予定通り出しております。ただ「ランゲ1“25th アニバーサリー”」は250本限定、それ以外はすべて25本限定のため、熱狂的な愛好家のお客様から引き合いがとても強くて、まだデリバリーを進行中なんですけど、おかげさまで行き先はすべて決まってる状態です」

 やはりA.ランゲ&ゾーネきっての人気モデル。限定25本はさすがに少ない。しかし重要なモデルだからこそ、この稀少性は大切なのかもしれない。気になるのは、どうやって購入するのかということである。今後、我々にも可能性はあるのだろうか?

「この時計に関しましては特別な時計ですので、先着順ではなく、昔からのお客さまを優先しています。ただ、ブティックについては、できるだけのケアをしようと考えております」

 もちろん、今年のA.ランゲ&ゾーネの新作は「ランゲ1“25th アニバーサリー”」だけではない。時間に限りがあるので、シュミットCEOにランゲ1以外で語っておきたいモデルを1本お願いしたところ、「ツァイトヴェルク・デイト」の名が挙がった。

 黒ダイヤルの「リヒャルト・ランゲ・ジャンピングセコンド」やピンクゴールドダイヤルの「ダトグラフ・パーペチュアル・トゥールビヨン」もお薦めなのですが、「ツァイトヴェルク・デイト」を紹介させてください。このモデルは、まだデリバリーがスタートしていない状態ですが、SIHH以降、ジャーナリストやVIPのお客様の反応が非常によく、大変評価していただきました。とくに気に入っていただいてるポイントが、デイトの新しいメカニズムとパワーリザーブが従来のものから倍になったにもかかわらず、ケースの厚みを抑えているところでした。機能がアップしたのに装着感が向上しているのを評価していただいています」

 

10周年を迎えたツァイトヴェルク

ツァイトヴェルク・デイト 手巻き、18KWGケース、44.2㎜ 987万円(税別)

 ツァイトヴェルクも今年10周年を迎えた記念の年にあたる。現代において機械式デジタル表示の時計は非常に珍しく、ベルリンで発表された際には驚きを持って迎えられた。今年の新作には顧客からのリクエストが多かったデイト表示が加えられている。

「デザインを考えるにあたって、このベースにあるTシャツのようなデザインは、絶対に残したかった。ダイヤル中央にある“T”の形のブリッジ部分を我々はそう呼んでいるんです(笑)。さらに見やすさ、それにこのモデル本来の特性である、深夜に瞬時に切り替わる瞬転式ということは譲れなかったですね。それで到達したのが外周リングをつけることだったんです。私もSIHHからこの時計を着け続けてるんですが、すごく使いやすいです。日常使いの時計としていいな、と自分自身でも思っているんですよ」

 こうやって好調を続けているA.ランゲ&ゾーネ。その成長の過程にはさまざまな改革が行われてきた。初めに紹介したランゲ1も、顧客、メディアから完成された腕時計との評価を得ていたが、15年にリニューアルを決行している。

「A.ランゲ&ゾーネにとって象徴的な時計です。誕生した1994年は、まだ製作体制が完璧に整っていたわけではありません。ヒゲゼンマイやテンワといった重要なパーツも外注に頼らざるを得なかったのです。20年以上の歳月をかけて工房も充実し、経験値も上がった。しかも社内ではムーブメントの内製率が課題としてずっとあったので、思い切って実行しました。デザインについては、ランゲ1は愛されている時計なので、そこを変えるということは意味をなさないので、ほとんど手を加えていません」

 

10年後、20年後を見据えた宿題

 A.ランゲ&ゾーネにも当然課題はある。それは時計界全体にもいえることで、10年後、20年後を見据えた宿題のようなものだ。

「若い、未来を担う人たちをターゲットにしたコミュニケーションを強化する必要があります。彼らは、これまでの伝統的なお客様とはちょっと異なっているので、そこを強化しなければいけないのです。私は子供の頃、インターネットがない時代に育ちました。なので、その洗礼を受けてまだ短い。私の子供たちは、物心がついたときにはすでにインターネットがあって、当たり前のようにに付き合っています。この世代間のギャップを考えていかないといけないです」

 伝統的な産業にとっては、今後、確かにこの問題は避けて通れないことかもしれない。現時点で、A.ランゲ&ゾーネはこの対策をどのように実行しているのだろうか。シュミットCEOは「基盤を作るには、コレクターの育成が大切なんです」という。

「まずA.ランゲ&ゾーネの時計を理解してもらうことです。知らずに持つというのではなく、時計の歴史や中身を理解してもらう。そのための教育をしなければならないと思っています。きちんとコミュニケーションをとることで、彼らが時計に対してもう少し情熱を持つというか、時計っていいものだということをわかってもらいたい。自分たちが何を提供しているのかということを、これからの若いコレクターになれる層の方にちゃんとお伝えしなければいけないと思ってます」

 それから「何よりも大事なのは、我々がA.ランゲ&ゾーネとは何なのか、ということを揺るぎなく持っていること」と付け加え、最後にメッセージをくれた。

「いまは消費の時代です。モノを購入しても使うのは半年から1年くらい。使い捨てが当たり前な時代であっても、時を超えて生き続けるもの、残るものというのはあります。それは人の手によるものです。それに最終的に残るだけの価値が備わるのではないかと思います。永続的な価値を大切にしていただきたいのです」

 A.ランゲ&ゾーネ、そのものである。