文=今尾直樹
モダンデザインが未来的になりすぎてるからか、腕時計、家具、家電製品など、いま、さまざまな分野で復刻デザインが人気だ。ヴィンテージ市場が確立しているクルマの世界でも、それは同じことのようで、ここ数年で名車の復刻モデルが登場している。ただ、他の分野と違い、価格がかなり跳ね上がるのだが。
古きよき時代の“傑作”を限定再生産・販売
自動車エンスージアスト(熱狂的愛好家)はご存じだろうけれど、イギリスの自動車メーカー、具体的にはジャガーとアストン・マーティンが最近、古きよき時代の“傑作”をごく少数、限定再生産・販売している。
先行したのはジャガーで、2014年5月のことだった。1963年の“ライトウェイト”Eタイプを6台再生産する、と発表したのだ。当時のGTレースの規則に即して製造されたのはわずか12台。そのうち11台の現存が確認されている。
スタンダードのEタイプではフェラーリ250GTに勝てない。そこで、スティール・ボディをアルミ製のそれに載せ替え、内装を簡素にして114kgの軽量化を図った。実際のレースの戦績はそれほどでもなかったけれど、マニア垂涎のジャガーEタイプのなかでも、まぼろしのEタイプとされる。
この軽量版Eタイプは当初18台製造されるはずだった。それが12台つくられたところで中断となり、用意されていた残り6台のシャシー・ナンバーが宙ぶらりんになっていた。ライトウェイトEタイプの復活を思いついたジャガーのひとたちはここに目をつけた。天才的なアイディアである。復刻版にはこの6台用のシャシー・ナンバーを使えばいい。そうすれば、絵画でいえば著者のサイン入り、正真正銘のライトウェイトEタイプが2014年に製造できるのだ!
こうして誕生した復刻版の価格は、およそ100万ポンド。為替レートは1ポンド、ざっと180円だったから、邦貨にして1億8000万円、レートによってはそれ以上もした。それでも、1963年につくられたオリジナルに比べれば、安いものだった。
その2年後の2016年5月にジャガーが発表したのが、1957年のXKSSの“コンティニュエイション(continuation=継続)”だった。XKSSは、ル・マン24時間耐久レースを1955年から3連覇したDタイプのロード・ゴーイング・バージョンで、25台つくられる計画だった。
工場には製作途中のDタイプが25台あった
ジャガー・ワークスは1956年シーズンの終了とともにサーキットから撤退する。このとき、ジャガーの工場には製作途中のDタイプが25台あった。断捨離するにはモッタイなさすぎる。そこで、これらを公道用に仕立て直してアメリカに売ろう、ということになった。かくして生まれたXKSSは、純レーシングカー、Dタイプの血をひくサラブレッド・スポーツカーとして伝説的存在となる。“キング・オブ・クール”こと、かのスティーブ・マックイーンも愛車にするほどの人気を博した。
ところが、16台が完成したところで、1957年2月某日の夜、ブラウンズレーンにあるジャガーの工場で火災が発生し、9台が燃えてしまう。XKSSコンティニュエイションは、この、つくられるはずだった9台を復活させよう、というロマンチックなプロジェクトなのだった。これまた天才的なアイディアというほかない。1957年に発表されたXKSSが、2016年に新車として、当時与えられるはずだったシャシー・ナンバーが刻印されて、ジャガーで製造・販売されたのだ。
価格は、ライトウェイトEタイプと同じく100万ポンド、当時の為替レートだと1億6000万円弱だった。ポンドの暴落により、同じ100万ポンドでも3000万円近く違うところが為替の恐ろしさだけれど、それはさておき、ライトウェイトEタイプ復刻版とXKSSコンティニュエイションによるレースの計画もジャガーは2016年7月にロサンゼルスで発表している。
映画「007」シリーズで有名なDB5の前身モデル
同じく英国の名門、アストン・マーティンが「DB4GTコンティニュエイション」という車名でDB4GTの復刻版の発表をしたのは、ジャガーにちょっと遅れた2016年12月のことだった。
DB4は、007映画で有名なDB5の前身のモデルだけれど、これにGTとつくと俄然レアな存在となる。1959年に発表されたこれは、DB4をショート・ホイールベース化し、よりパワフルなエンジンを搭載した高性能版で、製造台数は75台に過ぎない。
10年ほど前、いまも所有されているかどうか不明ながら、クルマ好きの俳優の方から、愛車にしていると聞いたけれど、申し訳ないことに筆者はその価値がよくわかっていなかった……。DB4GTコンティニュエイションはその75台のなかで8台だけつくられたライトウェイトの復刻版だとされる。
アストン・マーティンがジャガーとちょっと違っていたのは、25台を純然たるサーキット専用車であると明言したことだ。でもって、このクルマを楽しむために、アブダビのF1用のサーキットを含むレース・トラックでの2年間のドライビング・プログラムを用意した。
これまた天才的なアイディアというべきで、ホンモノの古いクルマのレースに参加するジェントルメン・ドライバーを育てることになるからだ。新興富裕層を取り込むことにもなれば、クラシックカー業界を膨らませることにもなる。クラシック・アストンの価値をひき上げることにもなるだろう。60年前のクルマを現代に蘇らせる意味を、中長期的なビジネスにつなげているところがスゴイと筆者は思う。
同時に、ガソリン・エンジン車は柵のなかで楽しむものになる、と想像された未来がいよいよ現実となりつつある、ということも感じるわけだけれど、それはさておき、アストン・マーティンは2018年9月、さらにびっくらぽんのプロジェクトを発表した。
およそ60年の協力関係にあるイタリアのデザインハウス、ザガートの設立100周年を記念する「DBZセンテナリー・コレクション」がそれで、なんと現代の新型車であるDBS GTザガートと、1960年発表のDB4GTザガートを1台ずつ、つまり2台をセット販売するという。
まるでミニカーみたいなご商売である。19セット、それぞれ19台ぽっきりの限定生産で、価格は税抜き600万ポンド。ブレグジットの影響で近頃めっきりポンド安の現在のレートは1ポンド=130円弱。とはいえ、2台でおよそ7億8000万円! ちょっと前の1ポンド=180円だったら、10億8000万円である。いまなら3億円も儲かっちゃう。