1836年創業のシャンパーニュの老舗「ポメリー」。実を言うと、筆者、出会ってしばらくはポメリーというシャンパーニュ メゾンに、あまりピンときていなかった。
特にもっともスタンダードなポメリー『ブリュット・ロワイヤル』の偉大さに気づかなかった。しかし、ワイン業界に入り、様々な経験を積むにつれて、このシャンパーニュへの尊敬の念は大きくなっていった。もしも今「成人になって初めて飲むならどのシャンパーニュから?」 と聞かれたら『ブリュット・ロワイヤル』と答える。
一方、初めて出会ったその日に恋に落ち、その後も出会うたびに胸がしめつけられるような愛を感じるのが『キュヴェ・ルイーズ』だ。その『キュヴェ・ルイーズ』の最新版『キュヴェ・ルイーズ 2005』が味わえると聞いて、その日をドキドキしながら待ち焦がれたのだった……
ポメリーというシャンパーニュ メゾン
シャンパーニュの造り手には、自社ブドウ畑での栽培・収穫、農家からのブドウの買付け、ワインの醸造・熟成・ボトリングをワンストップで行う造り手と、自社畑のブドウのみを扱う造り手、醸造のみを行う造り手がいて、最初の、なんでも出来る造り手のうち、特に世界的に名の知られた大手をグラン・メゾン(おそらく和製仏語)と呼ぶ。ポメリーはグラン・メゾンだ。
グラン・メゾンというのは、基本的に派手だ。生産量が多く、販売チャンネルも多彩で、PR活動も盛ん。一般的にシャンパーニュといわれて、まっさきに思い浮かぶのは、グラン・メゾンのノンヴィンテージ(以下NV)の「ブリュット」と呼ばれるシャンパーニュだろう。収穫年も栽培地も異なるブドウから造られたワインをブレンドして(こうして造られたものをNVと言う)辛口(ブリュット)に仕上げたもので、そのメゾンのスタンダードな品質の商品を、安定的に市場に提供している。
ポメリーにおいてそういうシャンパーニュに分類されるのは『ブリュット・ロワイヤル』。ところが、このポメリーのスタンダードは、シャンパーニュを飲み慣れていないと、どうにも地味な印象があるとおもう。PR活動がそれほど派手ではない、というのもあるのだけれど、目をつぶって飲んでも、「お、これは、あそこの味だな」とすぐにわかるような個性が希薄なのだ。逆に、そのノーヒントさが「あ、これもしかして『ブリュット・ロワイヤル』?」と推測するヒントになったりする。
これこそが、ポメリーの凄さだと筆者はおもう。考えてみて欲しい。人間誰しも得手不得手がある。文系教科は得意だけれど、理系はパッとしない、とか、勉強はできるけれど運動は苦手、とか。これはワインも同じだ。ところが『ブリュット・ロワイヤル』は勉強もできれば運動もできる。ついでに楽器の演奏までうまい。この全方位にまんべんなく出来杉君状態なのが、突出した長所も欠点もない、という印象につながり、その凄さに気が付きづらくなる。逆に、これに気づいてしまうと一気に尊敬の念が深まる。そういうシャンパーニュだと、最近、おもうのだ。
ポメリー好きは美しい
ポメリーはシャンパーニュのラインナップが多彩だ。
今回、キュヴェ・ルイーズの話にさっさと移りたいので、手短に列挙するけれど、『ブリュット・ロワイヤル』とそのロゼ版のほかに、ガストロノミー向けの『アパナージュ』というシャンパーニュに「ブラン・ド・ブラン」と「ブラン・ド・ノワール」の2種、自社畑のなかでもとっておきの小区画のブドウのみを使った『クロ・ポンパドール』、今回お話したい美女『キュヴェ・ルイーズ』が3種類、氷を入れて楽しむ甘口『ロワイヤル・ブルースカイ』、クオーターサイズでカジュアルな『POP』が2種類、そして春夏秋冬、季節限定の『シーズナル』4種、ブドウの出来が良い年のみ造られる『ミレジメ グラン・クリュ』と、こんなにある。
そしてこれらもやっぱり、それぞれ『ブリュット・ロワイヤル』レベルに「何でもできる」シャンパーニュにさらに「でも特にピアノが得意」というように個性を上乗せしてくるスタイルだ。
ゆえに、やっぱりシャンパーニュを飲み慣れている人ほど、感激の度合いが大きいとおもうし「私はコレが好き」とポメリーのなかでもマイフェイバリットが見つかる可能性も高い。
この筆者の仮説を証明しているようにおもえるのが、今回がまさにそれだったのだけれど、ポメリーが主催するディナーイベント。ここには、筆者のようなプレス枠のほかにもポメリーファン、という人々がいて、彼ら、彼女らが、大変、所作がエレガントで上品なのだ、おそらく、シャンパーニュを飲み慣れていて、その経験から「ポメリーなら間違いない」と信頼を寄せているのだとおもう。
こういうところにもポメリーのハイブランドらしさを感じる。
シャンパーニュきっての美女 ルイーズ
さて、そんなポメリーのなかでも華やかなイメージが強いのが『キュヴェ・ルイーズ』というプレステージ・シャンパーニュ。
これは、ブドウの収穫年を統一した、いわゆるヴィンテージ・シャンパーニュであり、アヴィーズ、アイ、クラマンというシャンパーニュ地方最良の畑のシャルドネとピノ・ノワールをさらに厳選し、クール・ド・キュヴェと呼ばれる最良の果汁を使い、長く熟成させる、贅沢に贅沢を重ねた作品だ。
これまで2004年ヴィンテージの販売だったものが昨年末に2005年ヴィンテージがリリースされ、入れ替わった。
筆者、最初に飲んだ『キュヴェ・ルイーズ』が何年のものだったか覚えていないが、出会った瞬間、一目惚れした。というのは、ルイーズに限って言えば、ワインの経験値が少なくても、もう、その別格感は隠しても隠しきれないレベルだからだ。高貴な家に生まれた絶世の美女、という雰囲気だ。そんなルイーズに出会える、と聞けば、彼女に恥をかかせないよう、こちらもちゃんとおめかしして出かけなければ、と緊張してしまう。
果たして、新しいルイーズは、どんなに素晴らしいのか……
まず、2005年のルイーズはルックスが違った。全体的に、派手さのないボトルデザインのポメリーのなかにあって(これがまた通っぽい)、キュヴェ・ルイーズはこれまでも、ほんのちょっとだけ派手なボトルデザインを採用していたのだけれど、今回は水色、ピンク、ゴールドの3色の、ブドウ畑の樹列をイメージしたラインで、さらにおめかししている。
そのブドウの樹列は、彼女の出自を物語る。グラン・クリュという特級格付けの畑だ。そして、ピンクはエレガンス、ゴールドは高貴、ブルーは純粋を象徴しているとか。まさにルイーズではないか。
というのは、キュヴェ・ルイーズ、熟成期間が飛び抜けて長い。グラン・メゾンの長期熟成シャンパーニュでも、同価格帯のライバルたちは、だいたい現行品が2010年前後2-3年である。一方ルイーズは最新で2005年。これくらいになると、人間同様、ワインも若々しさより歳月を重ねた深みが目立ってくるもの。ところがルイーズには、青春の輝きが明確にある。17歳と70歳が同時にいる、とでもいおうか。
これまでの2004年は北方のイメージがあった。白い肌、ブロンドの髪、青い瞳。それをイメージしていると2005年の明るさに驚く。このルイーズは日焼けした肌の、周囲を明るくして、元気づけてくれるような存在だ。ティーンの頃には、生来のポジティブな魅力で愛されていた彼女も、大人になる過程で、挫折や苦悩を経験し、ときにはその活発さが陰ったこともあっただろう。しかし、それを乗り越え、人生を重ねて、彼女の輝きは、より、奥深いものとなった。どんなに困難な状況でも、明るい笑顔とともに、こうしたらいい、こう考えたらいい、と道を示してくれる。2005年のルイーズはそんな印象だった。
おそらく、他の姉妹のなかではちょっと変わったタイプだ。でもやっぱり魅力的で、こんな気持にしてくれるのは、やっぱりキュヴェ・ルイーズだ。
そして、いったいどうして、こんなワインが造れるのか。なぜ、15年以上先に完成するルイーズを思い描けるのか。ポメリーは醸造家が雄弁なメゾンではないから、その秘密めいた技術力の高さに毎回、唖然とさせられる。