スタイリング=櫻井賢之 撮影=長山一樹(S-14) グルーミング=HORI(BE NATURAL) 文=山下英介

1980年代の影響がうかがえる、今季のコレクション。ビッグシェイプのサングラスやジッパーブーツなどの小物も、そんなイメージを裏付ける

揺るぎなき〝トム フォード〟の世界

 目まぐるしく移ろいゆくモードの潮流を横目に、悠々と流れる大河のように、揺るぎない価値観を男たちに示し続けるブランド、〝トム フォード〟。2005年の設立以来、そのスタイルに決してブレはない。英国のサヴィル・ロウで生まれたクラシックなテーラリングをベースに、トム・フォード自身の嗜好性をプラスしたグラマラスなスーツやジャケット。それらは10年経っても決して古びることなく、むしろ着るほどに風格を増していく。

 

スーツスタイルにもインフォーマルの流れが

ストラップ交換が容易な構造で、フォーマルからカジュアルまで合わせる洋服を選ばない〝トム フォード〟のタイムピース。こちらは丸型ケースの『002』で、極めてシンプルなデザインが魅力

 そんな〝トム フォード〟の世界にも、近年はちょっとした変革が訪れている。ダウンジャケットに代表されるスポーティなワードローブや、ストラップをその日の気分で取り替えられるタイムピースなど、近年のカジュアル化の流れとリンクするアイテムを、続々と発表しているのだ。これは私たちのライフスタイルと〝トム フォード〟との距離が縮まったという意味でも、歓迎すべき傾向といえるだろう。

 得意とするスーツスタイルにおいても、そんなインフォーマルの流れは健在。2020年の春夏コレクションでは、光沢感のあるスーツにモックタートルネックのニットを合わせた、エレガントながらチャレンジしやすい着こなしを提案している。とはいえ、それらは単なる「崩し技」とは次元が異なる。なんとデヴィッド・リンチからインスパイアされたスタイルだという点に、トム・フォードの一筋縄ではいかない美意識がうかがえるのだ。

 

ボディコンシャスなスーツがもたらす〝温もり〟

写真の『アティカス』モデルは、〝トム フォード〟らしい構築的なラインをキープしながらも、スリムなシルエットや少々軽やかな仕立てが特徴。タイドアップスタイルのみならず、写真のようなカジュアルな着こなしにも対応する

 それにしても、今回撮影した『アティカス』と呼ばれるスーツの完成度には唸らせられる。大きな襟やぐっと絞られたウエスト。ラグジュアリーなシルク100%のキャンバス生地。そしてベルトレスパンツのウエストにあしらった、メタルパーツ……。今やここまでボディコンシャスでセクシーなスーツも珍しい。もちろんそれはルーズフィットのジャケットと較べれば肉体的な緊張感を伴うが、かわりに「身に着けている」という心地よい実感と、余計な自意識から解き放たれた紳士的な振る舞いをあなたにもたらしてくれるだろう。

 すべての体験がバーチャルに置き換えられつつある現代。トム・フォードはこのスーツを通して、私たちに「身体感覚」への回帰をうながしているかのようだ。