文=福留亮司
2月中旬にパリへ
いま世界中でまん延しているウィルスが、まだヨーロッパでの症例が少なく、アジア中心の出来事と捉えられていた2月の中旬にパリへ渡った。日本では、すでに深刻な状況もあったので、周囲からは心配する声もあったが、筆者の心は踊っていた。こんなことを言うと“人の気も知らないで”と怒られそうだが。
なぜなら、パリでの宿泊が最高級として名高いオテル・ド・クリヨンだったからだ。コンコルド広場という最高のロケーションにある荘厳な建物で、パリを訪れる度にその前を通っていたのだが、世界のVIPが宿泊するホテルということもあり、泊まろうなどとは一度たりとも思ったことはなかった。十数年前に興味本位でロビーに足を踏み入れたこともあったが、雰囲気に気圧されてすぐに出てきたことを覚えているくらいだ。
シャルル・ド・ゴールに到着後、ワクワクしながらクルマでオテル・ド・クリヨンに向った。ロンドンを経由したことで、パリ市街に入ったのが23時過ぎ、かなり遅い時間に宿泊客として初めてクリヨンのエントランスをくぐった。
チェックインする頃には日付をまたいたが、興味の方が勝っていたのか疲れは感じなかった。それでも、各自バトラーがつくと聞き「これがクリヨンかぁ」と、少し緊張したが、案内してくれた人(バトラー)がとてもフレンドリーで親切だったので、快適なホテルライフが愉しめそうだと、その時点で期待感のみが膨れ上がったのだった。
居心地の良さそうな空間
案内された部屋は、程よい広さで居心地の良さそうな空間だった。124部屋あるゲストルームのひとつで、プレミアルームというグレードの部屋である。なぜ心地良さそうと感じたのかというと、通常のヨーロッパへの出張で、主に3つ星、4つ星のホテルに泊まってるものとしては、いつもより広いのだが極端に大きくなく、すぐ隣にバスルームもある、という、余裕はあるがコンパクトにまとまってる感じがしたからだ。
仕事柄、たまにスウィートルームに泊めさせていただくこともあるのだが、その時は複数部屋があるのに、常に同じ部屋にいるという庶民故の感覚からかも知れない。ただ、このクリヨンは部屋の広さに関わらず、入った瞬間からラグジュアリーな気分にさせられた。内装の雰囲気、家具や調度品のセンスなど、細部に渡って行き届いてることが何よりラグジュアリーなのだ、と今更ながら気付いたのだった。
翌日からはホテル内を案内してもらうことになっているのだが、ここでオテル・ド・クリヨンについて基本的なことを記したい。
オテル・ド・クリヨンの建物は、1758年に当時のフランス王、ルイ15世の命によって建築された宮殿であった。18世紀のフランス建築の最高傑作とも称され、日頃、パリ郊外のヴェルサイユ宮殿に居住する王室の人々の別邸としても使用された。もちろん、あのマリー・アントワネットも度々ここを訪れたという。
その後、クリヨン伯爵の私邸となり、オテル・ド・クリヨンとして開業したのが1909年のこと。コンコルド広場に面し、テラスからはエッフェル塔、アンヴァリッド、グラン・パレといった名所を一望。シャンゼリゼ通り、ルーブル美術館は徒歩圏内という屈指の立地にあり、どの角度から見ても最高峰のホテルなのである。
ローズウッドグループに加わる
そんなオテル・ド・クリヨンが、香港に本拠を置くローズウッドグループに加わり、リニューアルしたのだ。それに掛かった期間は4年以上。2013年3月に閉館し、その後、数多くのマスター職人、工匠、そして著名なデザイナー達により慎重に改装され、2017年7月5日に「オテル・ド・クリヨン・ア・ローズウッド・ホテル」となって再開業した。
そして2018年9月には、5つ星の上、最上級の称号である「パラス」に認定されている。再開業してから約1年後ということからも、このホテルのスゴさがよくわかる。リニューアル後もすべての面で最上級と認められたのである。
とはいえ、ホテル内に入っても気圧されてしまった時のような威圧感はない。スタッフはフレンドリーだし、凝りに凝った内装も18世紀の遺産を継承しつつパリのモダンなスタイルを取り入れており、ラグジュアリーではあるが重さはそれほど感じられない。
そんなことを思いながら翌日ホテルスタッフに尋ねてみると、リニューアル後、つまりローズウッドグループに参入してからは、「お客さまがリラックスできることがテーマです」と明確にこたえてくれた。良い意味でカジュアル化されているのは、そういうことだったのだ。もはやホテルの形態は変わってきており、“高級ホテルはフォーマルでなければならない”という時代ではなくなっているのである。
総支配人のVincent Billiard氏も次のように話している。
「オテル・ド・クリヨンは邸宅にいるような居心地でありたい。お客様には自分の家へ帰ってきたかのような気持ちになってもらいたいのです。だがら私たちは、客室のことをあえてアパートメントと呼んでいるのです」
すべての部屋にバトラーサービス
オテル・ド・クリヨンには78部屋のゲストルームに、36部屋のスイート、10部屋のシグネチャースイートが存在し、スイートに限らず、すべての部屋にバトラーサービスがつく。部屋自体も、見た目はシンプルだがしっかりとした質が備えられているのである。
例えば、ベッドはシモンズ社の特注品が備えられているし、フランス製のピロー&ドゥベはふかふか。クリストフルのカトラリーに革張りのエスプレッソマシンも常備している。さらにバスルームに行けば、Buly 1803の石鹸やボディローションが。そして、なんといってもタオルの心地良さである。これは、いままで泊まったホテル、というか使ったタオルのベストだった。それもダントツで素晴らしかった。
実際に拝見した客室で一番印象に残ったのが、あのカール・ラガーフェルドが内装を手掛けた部屋である。ここはシグネチャースイートの中でも特別で、美しい総大理石のバスルームやヴェルサイユ宮殿から取り寄せたという洗面台など、彼にしかできない、と思わせるデザインが満載であった。
一方、パブリックスペースに目を移すと、まずホテルの顔でもあるロビーは柔らかなホワイトを基調とした、“洗練”という言葉が似合う空間となっている。総支配人がいう「ツーリストではなく、パリジャンとしての時間を愉しんでいただきたい」という言葉が頷ける、寛げる場所となっている。
そして、その隣にはホテルの中でもひと際エレガントな「Jardin d’Hiver」がある。中庭に面して、柔らかな光が入る明るい空間では、アフタヌーンティーやペストリーを堪能できる。隣接の中庭は、外の喧噪が嘘のように静か。「Jardin d’Hiver」の反対側には朝食などを提供している「Brasserie d’Aumont」があり、天気のいい日などはここで朝食をとることも可能だという。
ロココ調の建築様式と天井のフレスコ画
また、ロビーに入る前、エントランスを通ってすぐ右側にはバーラウンジ「Le Ambassadeurs」がある。ロココ調の建築様式と天井のフレスコ画が調和したスペースは、宮殿に紛れ込んだような感覚になる。ただ、よく見るとチェーンが絡まったシャンデリアや、壁の装飾、落ち着いたブラウンのインテリアなど、優雅だが寛げる雰囲気作りをしているようだ。座ってみたが、気圧されるような感じはまったく受けなかった。
メインダイニングは、開業わずか7カ月でミシュラン1つ星を獲得したスーパーガストロミックレストラン「L’Ecrin」だが、残念ながら時間の都合で味わうことができなかった。次回パリに来ることがあれば、是非ともうかがいたいものだ。
ホテルには必ずある宴会場はロビー階のひとつ上にあり、ここには“マリー・アントワネットの間”と呼ばれるサロンがある。荘厳な柱や天井装飾が施されたテラスからは、コンコルド広場の全景やエッフェル塔を見渡すことができる。こういった場所にいると、ちょっとエラくなったような錯覚に陥るから不思議だ。
邸宅のような寛ぎの場所を提供するオテル・ド・クリヨンには、他にもスパやヘアサロン、グルーミングルーム。フィットネスルームなども完備。ラグジュアリーな気分で身体の手入れができるのだが、必見はスパ施設にあるスイミングプールだ。わりとコンパクトだが、いるだけで気分は高揚する。そんなプールに出会ったのも初めてであった。
とりとめもなくオテル・ド・クリヨンについて書いてきたが、建物、施設のリニューアルは大成功と言っていいだろう。歴史的建造物であることを感じながら、現代人であり、日本人である筆者でも寛げる場所になっていたし、パリにいるという気分にはずっと浸っていられた。支配人の言うように、パリジャンな感じにはなれなかったが。
でも居心地を決めるのは、やはり人、つまりスタッフであろう。ここでは老舗の超高級ホテルにいるという堅苦しさもなく、程よくリラックスして過ごせた。これも支配人に聞くと、ゲストによってサービスのアプローチを変えており「基本的な決まり事はあるが、現場のスタッフが感じて、その場で判断する」のだそうだ。
あまり褒めてばかりでは気持ち悪いので、何か欠点でも書こうかと思ったが、まったく思いつかない。そんなホテルは、生まれて初めてのことだった。