文=中野香織 写真=飯田信雄

 ヨーロッパのウェルドレッサーと日本のウェルドレッサーには、大きな違いが一点ある。

 匂いである。ヨーロッパでは男性もフレグランスで装いが完成すると考えている節があり、ビジネスシーンでも例外ではない。大企業のエグゼクティブもホテルの総支配人も、すれ違った時などに、そこはかとなくよい香りを漂わせる。

 一方、日本では香水は疎んじられる傾向にあり、むしろ無臭が好まれる。市場でも、香水よりも消臭グッズが売れる。香りを加えるよりも、匂いをとことん消す方法やアイテムに対する需要のほうが高いのだ。湿度も違い、香水の歴史も香りの文化も違うので、そのような違いはあって当然だろうとは思う。違いは違いとして尊重したい。

 

香りは人の記憶にとどまる

 とはいえ、香水が人生にもたらす彩りや効能を知らぬまま歳を重ねていくのも惜しい。香りはその人の印象を感覚的に増幅させる。人の記憶にとどまるのは、何よりもその人の香りである。ヨーロッパのウェルドレッサーがビジネスシーンでも香水をまとうのは、その人が取り換え可能な部品ではなく、自分の個性に根差した意志と感情と判断力を備えた一人の人間であることの暗黙のアピールでもある。

 だからといって香水が評価されにくい日本社会でいきなり香りをまとえというのも、日本の男性にはハードルが高いことだろう。

 COVID-19の影響を受けてリモートワーク、テレワークが増えた今は、自分に合うフレグランスを探すチャンスでもある。上質な香料には免疫力を高める効果もある。人に会わない時だからこそ、あなたらしさを引き立てる上質の香水をあれこれ試し、自分自身に及ぼす効能をじっくり感じてみてはいかがだろう。

 たとえば、イタリア発のラグジュアリー・メンズウェアのブランド、エルメネジルド ゼニアのフレグランスコレクション「エッセンツェ」からは、新しい香り「ローマン・ウッド」が登場する。ゼニアのクチュールコレクションが最高品質の素材とファブリックを選んでいるように、この香水のコレクションも、ゼニアの占有地で育てられたベルガモットを中心に厳選された原材料をブレンドして生み出されている。

 

社長室の匂い?

 イメージは夏のローマの針葉樹の森。木漏れ日を通した夏の太陽のスパイシーなあたたかさで満たされる、苔むしたローマの森の中。とはいえ、人によって香りの印象は異なるはずだ。ちなみに私が感じた第一印象は、「社長室の匂い」。偏見もいいところだが、イタリアの重厚な家具に囲まれた社長室で、エルメネジルド ゼニアのスーツを優雅に着こなしたアラフォーの2代目社長が微笑みながら握手のために手を差し伸べるという映像が浮かんだ。ベタベタなステレオタイプだが、私が男性であれば、そのような役割を演じる必要があるときにこの香水に手助けしてもらうだろう。

 香水には「なりたい理想」に気持ちの焦点を合わせる力がある。リモートワークで装いがカジュアルになろうと、エグゼクティブにふさわしい香りを自分自身が感じることで、発想がそのように近づいていくことがある。

 つけ方として、香水の専門家は、お腹から胸元の素肌に直接つけることを勧める。上級者はそれでいい。私が日本の初心者に勧める香水ポイントは、足首、膝裏など足元である。下からほのかに立ちのぼる香り方は品がいいし、万一、人と食事をすることになっても、テーブルの下であれば食事の香りを妨げることはない。注意すべきは、人工的な安物の香料を避けることと、過度なアピール(つけ過ぎ)。足りないかなという余白があるくらいが、ちょうどいい。社交の基本と同じである。