文・撮影=中野香織

©YURIKO TAKAGI

後継者に恵まれたムッシュ ディオール

 パリ装飾芸術美術館、ロンドン、ニューヨークなど世界各国を巡回してきた「クリスチャン・ディオール 夢のクチュリエ」展がついに東京都現代美術館にやってきた。

 東京展では、フロランス・ミュラーがキュレーションを手掛け、国際的な建築設計事務所OMAのパートナーである建築家の重松象平が空間演出を行っている。

 また、写真家の高木由利子がポスターを撮り下ろし、カタログ撮影を担当するほか、切り絵アーティスト・柴田あゆみが創る花びらの装飾が印象的に使われるなど、日本のスタッフも重要な場面で関わっている。日本のモチーフや素材を用いた作品群も一つのまとまったテーマとして展示され、そのなかでは皇室とのつながりも示されていて、この展示を日本でおこなうことの意義と日本に対するディオールの敬意が伝わってくる。

 それにしても、スケールがけた外れに大きい。展示品の数ときたら、1000を超えるのだ。ほとんどが日本初上陸である。ムッシュ ディオールのデビュー作品「バー・スーツ」から後継者たちのコレクション、最新のコレクションにいたるまで、13の異なる趣向の部屋というか舞台装置において、めくるめくディオールの世界観が広がる。豪華絢爛、万華鏡、スペクタクル、エクストラバガンザ、どんな喩えをもってきても表現しつくせないような迫力に、惜しみない資本投下が許されるLVMHグループの底力を思う。 

 ムッシュ ディオールは後継者に恵まれた。デザインの面ばかりでない。何よりも、ブランドを継承し、かくも壮大な展覧会を世界で成功させる力をもつ経営者に恵まれた。ベルナール・アルノーが35歳の時にディオールを買収してからほぼ40年。アルノーは世界一の富豪となった。タイトルそのままに「夢」の世界へ誘われる多幸感にあふれた展覧会は、アルノーのブランドビジネスの成功を讃える祝祭の大劇場のようでもある。

 13のテーマからなる部屋にはそれぞれストーリーがあり、空間演出も全く異なる。

 2つ目の部屋、「ニュールック」を象徴する「バー・スーツ」を主役に据えたモノトーンの世界では、歴代のデザイナーがムッシュに敬意を表して再解釈したバー・スーツが並ぶ。

モノトーンの世界が広がる「バー・スーツ」の部屋。戦時中に支配的だった男性的な価値観に代え、女性らしさの復興を打ち出したバー・スーツこそがディオールブランドの礎。歴代のデザイナーが敬意を表してきたことがわかる神聖な空間

 そこから第3の部屋、和と洋の芸術的なフュージョンが咲き乱れる「ディオールと日本」の部屋へとつながる。

東京で開催された2017年春夏オートクチュール・コレクションのために特別に用意されたドレス。奥に立つ錦鯉のモチーフが目を引くドレスは2007年の「Koji-San(コウジ・サン)」ドレス

 4つ目の部屋は、がらりと表情を変えて研究棟のようになり、1957年にムッシュ ディオールが急逝したあとメゾンディオールを率いた後継者の作品が区分けされて立ち並び、比較対照も可能な構成になっている。

後継者のひとり、ジョン・ガリアーノは1996年から2011年までクリエイティブディレクターとして黄金期を築く。大胆で構築的な作品群

 イヴ・サン=ローラン、マルク・ボアン、ジャンフランコ・フェレ、ジョン・ガリアーノ、ラフ・シモンズ、そして現在のマリア・グラッツイア・キウリという個性の強い継承者たち。彼らがムッシュの有形無形の遺産をいかに独自に解釈し、時代の要請に合う形で発展させていったのかを比較しながら鑑賞することができる。

 ディオール「らしい」と思われている先入観を打ち破るかのように、各デザイナーがその突出した個性を尊重されたことがかえってディオールブランドを継承させる力となってきたことがわかる。