文=鈴木文彦

ナチュラルワインの普及

 今年も、伊勢丹新宿店で2月19日(水)から2月24日(月)まで開催される『世界を旅するワイン展』。おそらく日本最大級のワインの試飲販売イベントの一つだろう。そしてこのイベントは、日本におけるワインのトレンドを占うイベントでもある。開催に先駆けて、プレス向けのプレスプレビューイベントが執り行われたため、Autographワインチームも参加してきた。

 今回の大きなテーマのひとつがナチュラルワイン。ナチュラルワインとはなにか。これには正式な定義はない。ナチュラルワインの権威で、『Amber Revolution』の著者、サイモン・J・ウルフ氏のセミナーに筆者、参加したことがあるのだけれど、その際、氏がいくつか引いていたワインの権威による定義によると、「生きているワイン」(イザベル・レジュロン マスター・オブ・ワインによる)、「無添加ワイン」(シチリアのナチュラルワインの造り手、フランク・コーネリセンによる)であり、ウルフ氏によればブドウの栽培は有機栽培ないしバイオダイナミック栽培、収穫は手積み、酵母は添加しない、スパークリングワインによる二次発酵の場合は、ニュートラルイーストを使う、マロラクティック発酵を意図的に止めない、醸造の際、低レベルのSO2以外(トータルで70mg/リットルを超過しない)添加しない、果汁の抽出や醸造時に過度な人間の介入をしない、無濾過、もしくは殺菌処理はしない、となる、そうだ。

 つまり、ただブドウだけから造ったワインがナチュラルワインなのだけれど、これが、聞けば簡単そうだけれど、実際造るのは非常に難しい。ブドウやワインへの人為的な操作を廃するという理念はつまり、栽培から醸造まで、わずかにでもケアをミスすれば、リカバリーができない、ということを意味するからだ。目に見えない一粒の雑菌の混入で、その年の収入がゼロの危険もある。必然的に少量生産となり、感覚としては、自宅で造った味噌とか、漬物に近い。とりわけ、ソビエト時代に均質なワインを大量生産するため、伝統的なワイン造りが一旦、ほとんどなくなってしまい、ソビエト崩壊後、各家庭で保存されていたワイン造りが復活していることで注目されるジョージアのワインは、自家製ワインの世界観を今に伝える典型例だ。

 

世界各国のワインを体験

 今回、「世界を旅するワイン展」でも、ジョージアのワインは体験できる。ほかには、スロベニアに接する、イタリアのフリウリ、南フランス、あるいはオーストラリアでもナチュラルワインは盛り上がっている。オレンジワインとよばれる、白ワインを赤ワインのように造ったワインも、こういった産地、ナチュラルワインのなかには数多い。

ジョージア、ドレミワインのムツヴァネ。ジョージア伝統の地中に埋めた瓷、クヴェヴリで造る、高品質ワイン。ムツヴァネはジョージアの高貴な白ブドウで、こちらのワインはいわゆるオレンジワイン(ないしアンバーワイン)だ。
南アフリカのエルギン・リッジというエルギン・ヴァレーのナチュラルワインの先駆者によるソーヴィニヨン・ブランとセミヨンをブレンドしたオレンジワイン。
パトリック・サリヴァンという、個性的なナチュラルワインの造り手による「ジャンピン ジュース・イエロー」はオーストラリア、ヴィクトリア州ギプスランドのモスカート・ジャッロ、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランのブレンド、だそう。固定概念にとらわれない自由がオーストラリア的。

 先に書いたように、こういったワインは生産量がほとんどの場合すくないのだけれど、日本が面白いのは、そんなワインが様々に輸入されていること。しかも、今回はそれらが一堂に介しているのだから、聞いたことのない品種、独特な旨味、香り、これぞ自家製ワインといった個性的なものから、いわれなければナチュラルワインとは気づかないようなものまで、体験するチャンスだ。

 なぜ、ナチュラルワインは流行っているのか。様々な理由が考えられる。健康的なイメージ、知的好奇心がくすぐられる、という理由はあるだろう。筆者は、かなりさまざまな食べ物との相性がいい、という懐の深さも、大きな理由だと考える。素材の味を重視した、味付けの少ないナチュラルな料理とは同じナチュラル同士だからか、多くの場合に好相性だし、これまでワインとの相性があまりよくないと考えられていた、辛い料理と合う場合もある。手前味噌だけれど、弊誌で企画した著名ソムリエがオレンジワインのペアリングを提案するページなどもご参照いただきたい。https://www.wine-what.jp/features/50721

 

日本ワインも多彩なり

 食、特に和食との相性の良さでは、人後に落ちない、あるいは落ちたくないワインが、今回、「世界を旅するワイン展」でフィーチャーされる「日本ワイン」だ。近年、本当に品質の向上が目覚ましい。プレスプレビューで体験できたのは、世界的にも注目を集めつつある、とはいえ、東京でもまだ、なかなか目にする機会の少ない、北海道余市町のワインから、登町のワイナリー、「キャメルファームワイナリー」。総面積16.2haのブドウ畑は、日本ワインの畑としては広大で、ブドウ栽培の歴史で言えば40年以上だという。さらにこちら、醸造コンサルタントとして世界的に活躍するイタリアの醸造家、リカルド・コッタレラ氏が栽培から醸造まで携わっている。

 JR御徒町駅にほど近い都会のワイナリー、「BookRoad~葡蔵人~」のワインも試すことができた。日本各地からブドウを仕入れて、ワイン造りをしている。日本産の甲州やマスカット・ベーリーA、シャルドネやメルローなどは有名だけれど、アジロンとか富士の夢といった、珍しい品種を100%使ったワインもある。

キャメルファームワイナリーのケルナー。2018年ヴィンテージ。
BookRoad~葡蔵人~のアジロン。ブドウは山梨県勝沼から。アジロンはもともとはアメリカからきたテーブルグレープ品種の名前。かなりレアなブドウだ。
「Vinoteca ヴィノテカ(マルシェ・オ・ヴァン)」が出品するワインのひとつ、広島、福山わいん工房のボン・フレ・シック・ブリュット。マスカット・ベーリーAのロゼ スパークリングワイン。

  甲府でビストロを、そして小淵沢の星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳ではイタリア料理店を運営する、「Vinoteca ヴィノテカ(マルシェ・オ・ヴァン)」は、30アイテムほどの日本の小規模生産者のワインを出品する。日本のワイナリーはそのほとんどが規模が小さい。そしてそれがゆえに、造り手の考えがワインに反映され、面白いのだけれど、ときに入手は困難を極める。ワイナリーに行かないと手に入らない、あるいは行っても手に入らない、そもそも数人、あるいは家族で経営しているため、ワイナリー訪問自体に対応できない、というワイナリーも少なくない。これはワイン全般にいえるけれど、日本ワインも、飲めるチャンスに飲んでおかないと、後悔しかねない。

 

もちろん、有名ワインもある

 もちろん、「世界を旅するワイン展」では、ワイン好きたちがおもわず足をとめてしまう、著名なワインも少なくない。謳い文句によれば、30カ国、1500種類以上のリカーが大集合するイベントだというのだから。ワインではなく、リカーと書かれているところに、ちょっとひっかかってほしくて、実はテキーラやジンを楽しめるBARや新ジャンルの「和酒」とフードペアリングを楽しめるイートインなども、このイベントにはあるのだ。

カリフォルニアのシャルドネの王様、キスラー・ヴィンヤーズ。今回のイベントでは、このワイナリーの高級ワインを飲み比べできるセットがあります。
ベリー・ブラザーズ&ラッドが、イギリスでは最古の商業的なブドウ畑といわれるハンプシャー州の「ハンブルドン・ヴィンヤード」に発注した「マーチャンツ・イングリッシュ・スパークリング・ワイン」。2010年ヴィンテージ。

  ここで、筆者、個人的に注目して欲しいのはイングリッシュスパークリングワイン。英国の老舗ワイン商、ベリー・ブラザーズ&ラッド監修するBARブースで楽しめるとのことだ。イギリスはいま、ロンドンから南、イギリス海峡に面する、ケント州、イースト・サセックス州、ウェスト・サセックス州、ハンプシャー州などでワイン造りが盛り上がっている。これらの地域は、土壌的にはシャンパーニュと同じところが多い。これまでは冷涼過ぎて、あまり目立たない産地だったけれど、ここ数年、温暖化の影響で高品質なブドウが栽培できるようになり、とりわけスパークリングワインはかなり注目を集めている。なにせ、イギリスはワインの一大消費地にして、ワイン市場をリードする権威ある裁定者。なにがいいワインか、は世界一わかっている。あるいは、イギリスで良いワインと認められることが、良いワインであることの必達条件といってもいいかもしれない。そんなイギリスが造るスパークリングワインのなかから、権威ある老舗ワイン商が選んだワインなのだから、なまじのものではない。熟成感とフレッシュネスのバランスが見事な、英国流良いワインに驚いてほしいとおもうのだ。

 知らないことは楽しい。まだ、知る喜びがあるのだから。ワインは発見と出会いに満ち溢れている。あなたが旺盛な好奇心と、多少とも余裕あるバジェットをもって、ワインを旅してくれることを、ワイン業界は待っている。