メンズ アーティスティック ディレクターのキム・ジョーンズがディオールでの3度目のランウェイショーとして発表した作品の中に、レイモンド・ペティボンの絵を使ったシャツやベストがある。レイモンド・ペティボンは、アメリカ西海岸の現代アーティストで、大衆文化や史実からモチーフをとり、言葉を組み合わせ、アイロニーを加えた絵を描く。キャリアの長い大御所ではあるけれど、マンガのような印象も強いことから、前衛的なアーティストという印象を持っていた。
思えば創設者のムッシュ ディオールの最初のキャリアが、前衛的な芸術家を支援したギャラリストだった。ディオールとアヴァンギャルドは相性が良いのである。加えてアニマルモチーフが随所に使われているが、これは1947年のディオール最初のコレクションで使われたパンテールを連想させる。ディオールならではの上質な素材に、視線の先が特定できない不思議な“アイ(目)”やアニマルモチーフが溶け込み、メゾンの歴史を現代のメンズファッションに蘇らせているのが心憎い。
身体を斜めにクロスするようにドレープが流れるテイラードスーツにも目を奪われる。メンズのテイラリングと、レディスのムラージュ(ボディに服地を合わせて立体裁断していく、オートクチュールならではのドレスの仕立て技術)が絶妙に融合しているのだ。クチュールメゾンの高度な技術をこのような形でメンズのテイラードの上で見せるというアイディアは、なんて粋なんだろう。このドレープが「無駄ではないのか?」と問うのは前時代の価値観である。もはやビジネスマンが着なくなったテイラードを、仕事着としてではなく美しい服として次世代につないでいくために加えられた、主張ある一工夫として観たい。
文:中野香織