2024年はいいお酒がたくさんリリースされた一年だった。2024年もギリギリの12月末より順次発売となる『ヴーヴ・クリコ ラ・グランダム ロゼ 2015』も傑作。筆者が試したなかでは、2015年ヴィンテージのロゼ シャンパーニュとして、現状もっともオススメしたいのはこれだ。なぜかを説明したい。

VEUVE CLIQUOT LA GRANDE DAME ROSÉ 2015 X PAOLA PARONETTO
 (ヴーヴ・クリコ ラ・グランダム ロゼ 2015 × パオラ・パロネット)

50,380円(税込)
『ラ・グランダム 2015』に続きイタリア出身の現代アーティスト、パオラ・パロネットがデザインした100%リサイクル可能な素材を用いたギフトボックスにはロゼを表現した新色が用意されている

ヴーヴ・クリコの魂

2015年は多くのシャンパーニュメゾンがその年のブドウのみで造ったシャンパーニュ、つまりヴィンテージシャンパーニュを出している特徴的な年だ。2015年は、ややシャンパーニュらしからぬコクや苦味、そして旨味といったあたりが見どころの場合が多く、キュッとシャープというよりもボリューム感があって暖かさを感じさせる。シャンパーニュ内の地域によって差異はあるものの、特に夏が暑かったことがその要因と言われ、ヴーヴ・クリコの最高峰「ラ・グランダム」の最新作である2015年ヴィンテージもそういう気候条件を感じさせる。ただ、中盤ですっと静寂を感じさせた後、後半にかけて酸味が立ち上がって長い余韻へとすーと伸びていくのは個性であり、ブドウの良さ、見極めの鋭さ、造り手の技術力の高さと厳格な意思を感じさせる長所でもある。

2024年12月末より順次発売予定のラ・グランダムのロゼは、このロゼではない方の『ヴーヴ・クリコ ラ・グランダム』に10%ちょっとの赤ワインを加えたものだ。

時に、シャンパーニュの造り手は、こういうロゼ シャンパーニュの造り方にネガティブな意見を表明する。白のシャンパーニュに赤ワインを混ぜたところで、バランスの取れたよいシャンパーニュにはならない、というのだ。その意見には一廉の真理があるけれど、ヴーヴ・クリコにとってみればこの造り方こそが誇りであり、アイデンティティ。なにせ、ブレンド法という白ワインに赤ワインをブレンドする製造方法は、いまからおよそ200年前にヴーヴ・クリコの実質的な創始者、マダム・クリコが考案した方式であり、以来、ヴーヴ・クリコはずっと、この方法でロゼ シャンパーニュを造っているからだ。ブレンドする赤ワインのためにピノ・ノワールを収穫するブジー村のクロ・コランという畑はマダム・クリコが初めて赤ワインを造った際のブドウを産出した畑でもある。

クルマで言えばポルシェ911が現在では必ずしもスポーツカーにとって最適解とは言えないであろうリアエンジン・リアドライブ形式で第一線級のスポーツカーであり続けているようなもの。造り手の魂が、他者が不利という条件も唯一無二の強みにしてしまうのだ。

極端にピノ・ノワールの比率が高いラ・グランダム(現在は90%ピノ・ノワール、10%シャルドネというバランス)も、そこにクロ・コランのピノ・ノワールから生み出される赤ワインを加えるのも、ヴーヴ・クリコにとっては、200年以上磨き上げた最良のシャンパーニュの造り方なのだ。

また、マダム・クリコがブレンド法に至ったのは、ロゼ シャンパーニュの楽しみは見た目から始まっている、という考えからだったと言われており、黄昏時の空の色のようなピンク色は、フランス語のロゼが言わんとする色そのもの。鮮烈な色、淡い色、クリーム色に近いオレンジ、ほとんど赤というほどに深い色、さまざまな色があるロゼ シャンパーニュにおいて、常に安定したロゼ色もまた、ヴーヴ・クリコのアイデンティティだ。

絶妙なバランスのヴーヴ・クリコ ラ・グランダム ロゼ 2015

トマトのようなやや青みのある香りは、ブレンド法の高級ロゼワインならでは。口に触れると苦味とともにしっかりとしたシャープな酸味があり、その後すぐにサテンのようになめらかでまろやかな肌触りをおもわせる長い中盤がはじまる。そこではハチミツのような甘いニュアンスも顔を出す。後味はサッパリとして重苦しさがなく、しかし、旨味のある苦味の余韻が長く続く。

これがラ・グランダムと基礎を同じくしているとは、言われない限りは気づかないようにおもう。両者は別々のワインとしてきちんと完成している。ともに魅力はやはりピノ・ノワールの複雑性、多様性で、様々な産地のピノ・ノワールの組み合わせで、酸味、旨味、苦味の層を、時に香りや味わいの広がりに、時に時間経過にともなう風味の推移に、と振り分けているのだけれど、それらの展開の規模、密度、タイミングが違うため、二卵性双生児とでもいう感覚だ。ただ、こうしてロゼが出てくると、2015年はロゼのほうが赤ワインが加わる分、より複雑で多様で、ロゼに軍配があがるのではないかと感じる。

セラーマスターのディディエ・マリオッティ氏によると、ロゼ化にあたって赤ワインに求めるのは色と果実味。逆に欲しくないのはタンニンや骨格だそうだ。それは、シャンパーニュにタンニンや骨格が要らない、という話ではなく「ラ・グランダム」の時点ですでにそれらが十分あるから、それ以上は要らないという意味。赤ワイン造りには樽を使わないのも、タンニンが弱い赤ワインに樽を使ってしまうと果実味が失われるからだそうだ。

ディディエ・マリオッティ
祖父はコルシカにブドウ畑をもち、祖母はブルゴーニュの「ドメーヌ・アルマン・ルソー」のルソー家に出自があるという、ワインの子。学生時代に食品・飲料のエリート教育を受け、モエ・エ・シャンドンからプロフェッショナルキャリアをスタートした。以降「ニコラ・フィアット」「メゾン マム」にて重要な役割を果たし、2019年9月から「ヴーヴ・クリコ」の11代目最高醸造責任者を務める

2015年のロゼは、この果実味という点で実に繊細にカラフルだ。パステルカラーのグラデーションとでもいうのか。この一つ前の2012年も傑作だったけれど、そちらはそもそもからしてクールなキャラクターで、きゅっと引き締まってシャープな枠組みのなかで複雑な旨味と塩を感じさせるミネラルの雰囲気が特徴だった。それと比べると、2015年はよりフルーツの印象が多彩で、明るく、チャーミング。

とはいえ、たくさんの才能あるピノ・ノワールたちがのびのびと、それぞれの個性を発揮しながらも、混乱状態にはなっていない。酸味と苦味が、やさしく全体を統括している。この制御された多彩が、私が、ヴーヴ・クリコ ラ・グランダム ロゼ 2015がいまのところ、2015年のロゼ シャンパーニュとしてはベストで、2015年のシャンパーニュ全体を考えても理想的な表現なのではないか、と考えている理由だ。