一本のマーカーでしあわせを
「コズミック・ガーデン」 サンドラ・シント展 銀座メゾンエルメスで開催中
東京 銀座は数寄屋橋交差点そばに建つ、銀座メゾンエルメス。その8階にあるアートギャラリー、 フォーラムにて2月11日から、5月10日(日)まで、「コズミック・ガーデン」という展覧会が開催されている。Autographは、開催前日、「コズミック・ガーデン」の作者 サンドラ・シントを迎えてのアーティスト・トークに参加した。
サンドラ・シントは、ブラジル サンパウロを拠点に活動している女性アーティストだ。星、結晶、波などをモチーフとしたドローイングを軸に、空間と関わり合いを持つインスタレーションを数多く手がけている……というのがオフィシャルな紹介で、それは、例えば今回の作品では、サンドラ・シントがブラジルでキャンバスに描いた絵を中心にして、そこに描かれているイメージと連続するイメージが、フォーラムの壁面にもひろがっている。キャンバスに描かれた絵画と、それが掛けられている壁面の両方が作品だ。日本でもこれまで、豊田市美術館(2008 年)や、青森公立大学国際芸術センター青森での滞在制作(2015年)をしているという。今回は、「銀座メゾンエルメス フォーラム」の1フロア全体を使った大仕掛けの作品で、サンドラ・シントが「これまでやりたいとおもっていたこと、ブラジルでもさまざまな制約からできなかったことが、ここで全部できた!」というザ・サンドラ・シント展となっている。
フォーラム内は、コリドーのエレベーター付近がちょうど夕暮れどきを表現した空間で、そこから左右に、朝と夜を表現した展示室に分かれる。時間は壁面のベースとなる色合いが、薄い水色から紺へと深くなっていくことで表現されている。まず訪れた朝の展示室には、薄い水色の上に、細い白い線で、吊橋、ブランコ、波紋、雲、綿毛、星……そんなものを連想させるイメージが描かれている。
「何事も移ろう。わたしのこの作品も、ずっとここにあるわけではありません。風、動き、移ろってゆく時間を表現しています」
と、絵本のなかから出てきたみたいにチャーミングなサンドラ・シントがパタパタと手を動かして説明した。
永遠ではない移ろうもの、日本流にいえば、無常、みたいな感覚だろうか。
「わたしの作品は3つの要素からなり、それは、私が担当するドローイング、ひとびと、建築です。銀座メゾンエルメスの建築は、レンゾ・ピアノによるもので、そんな偉大な建築家の作品のなかに私の作品があるのは名誉なことですが、壁面を囲むガラスが特徴的です。聞けば、日本の庭園の水、水面から着想を得ているといいます。そして角の丸み。わたしは、ここが建築上の注目点だとおもえます。日本の扇にようにも感じます。扇は日本では、太陽をあらわすこともあるそうですね」
というわけで、壁面のコーナー付近は太陽のイメージから着想をえたドローイングなのだそうだ。ここからつづけて、サンドラ・シントは日本の文化に強い影響を受けているという話をした。
「サンパウロには日系人がたくさんいます。大きなコミュニティがあって、わたしの子供の頃の一番の友達は日系人でした。美術を勉強するようになってからも、木版画はブラジルの美術に大きな影響を与えたもので、私は日本や中国の作品に強い関心を向け、勉強をしました。今回のドローイングのなかにもそんな要素を見ることができるとおもいます」
無常、というのは大きく外れた感覚ではないのかもしれない。バックグラウンドはむしろ大衆芸術にあって、サンドラ・シントいわく遠近法などの「理性的」な技術を使わないのも、アジアの芸術と似ているのではないか、とのことだ。
そんな話を聞きながら、サンドラと一行は夜をテーマとした展示室へと向かう。そこは床がカーペットで、参加者は靴を脱いでその展示室へと入り、大きなクッションも置かれていて、サンドラは、こんなふうにくつろぐのもいいとおもう、とそこに寝転がってみせた。
壁面の紺色の上にはさきほどの朝の部屋にもあったような吊橋、ブランコのようなイメージが描かれていて、綿毛のイメージは集中して、天の川を連想させるようなものになっている。
「さあ、宇宙のなかを一緒に漂いましょう」
そんなふうに言われて、カーペットに座って、壁面をながめてみると、朝の部屋ではみかけなかったリング状のものが描かれているのに気づく。
「これは宇宙のリング。気持ちが落ち込んだり、体の具合が悪いときに、宇宙のリングをおもってみて。素晴らしいエネルギーをたくさんもらえるから!」
と、サンドラは言う。そういわれてもピンとこないでいたら、サンドラは続けてこう言った。
「わたしたちは宇宙の魔法、星の魔法でできている」
そうかもしれない。天の川銀河の外縁部に、運良くできた太陽系に、絶妙な配置と数々の偶然によって、地球という生命の星ができて、そのおかげで、僕たち人間はいまここにいて、星を見たり、芸術を見たりして、そしてときに芸術は、それまで素通りしていたものの見方を変えてしまったりする。それは魔法みたい、ともいえることだろう。
「だからわたしたちのなかにも、星の光がある」
「わたしたちは魔法そのもの。手に星屑をあつめて、ふっと息を吹きかけて。飛び散った星屑がまわりに広がってく。そんな素晴らしいことがわたしたちにはできる」
そのあたりから、芸術家としてのサンドラ・シントのメッセージが語られた。
「ドローイングのなかに、橋が描かれています。芸術はひととひとをつなぐ、橋のようなもの。わたしたちは手をつないで、ともにしあわせになろうとして、しあわせになることができる。その手法はちょっとしたもの。わたしの場合はマーカー一本」
争わず、愛し合おう。子供っぽいかもしないけれど、そうすることは誰にでもできるはず。イマジンみたいだけれど、そんなユートピアを僕たちは否定したいだろうか?
床まで作品にするのはサンドラ・シントの宿願で、展覧会が終了したら、大きすぎて海外には持ち出せそうもないから、日本の子供たちにプレゼントしたい、という。じゃあ、それまで、僕たちもこのカーペットの上の、無邪気なユートピアを楽しもうじゃないか。展覧会は常ならざるものかもしれないけれど、しあわせは、ずっと僕たちの心に残り続けるかもしれない。