文=のかたあきこ 写真=木下清隆

倉敷美観地区にある「旅館くらしき」は江戸時代の建物や蔵を改築

江戸時代にタイムスリップする町並みへ

 JR倉敷駅から歩いて15分ほど。倉敷川のほとりに、江戸時代の白壁土蔵や本瓦葺の町屋などが残る「倉敷美観地区」がある。明治・大正時代の洋館も見られ、圧巻だ。倉敷は江戸時代から川を利用した商業の町として栄え、地名となったその名は「物資が集まる場所」の意味。1979年に伝統的建造物群保存地区に指定されている。

「旅館くらしき」のロビー。砂糖問屋の母屋の土間を活かした造り

「旅館くらしき」は倉敷美観地区にあり、石の太鼓橋・中橋のたもとで白壁に本瓦の美しいたたずまいをみせる。江戸時代の砂糖問屋の母屋や米蔵を改築した全8室の旅館だ。入り口の看板は染織工藝家・芹沢銈介氏によるもの。打ち水された玄関をくぐるとロビーを兼ねた土間があり、民藝の調度品など心和む。

「乾の間」は築約160年の砂糖蔵の2階部分を客室として改装した

 近年、築約160年の砂糖蔵と母屋の二階が改装され、ベッドルームとバスルームを備える客室が3室(「乾の間(いぬいのま)」「西の間」「ゆの間」)誕生している。「乾の間」の和室からは倉敷の町並みを、ベッドルームとバスルームからは宿の美しい庭園を望む。堅牢な蔵造りの天井に太い梁が映える「西の間」も、眺めがいい。夕暮れ時は幻想的な色彩の町並みが客室から楽しめる。

 

芸術家が逗留した宿、芸術家を育む美術館

木肌も清々しい客室「ゆの間」の高野槇風呂。館内には内湯「離れ湯」があり、時間制で利用できる。浴槽は高級石材と言われる庵治石(あじいし)造り

 客室「ゆの間」には高野槇の風呂が備わり、庭園の木々を眺めながらリラックスできる。客室はほかに、築300年以上の蔵を利用したメゾネットタイプの「蔵の間」、築約270年の米蔵を改装した「東の間」「巽の間」、離れ風情の「奥座敷」、中庭を囲む「松の間」がある。「巽の間(たつみのま)」はかつて、棟方志功氏や司馬遼太郎氏が気に入って逗留したという。

写真は秋の夕食のイメージ「鱧と松茸の土瓶蒸し」

 夕食は月替わりの懐石料理。瀬戸内海の魚介、県産野菜などをはじめとする旬の上質な食材を、丁寧に調理し、季節感のある盛り付けで提供する。倉敷美観地区にある老舗・森田酒造の地酒を用意し、マリアージュも楽しめる。食事だけの利用もできる(要予約)。

大原美術館の本館は古代ギリシャ・ローマ神殿風

 宿から徒歩5分ほどには「大原美術館」がある。1930年に西洋美術を紹介する日本初の本格的な美術館として建てられ、創設時のままという古代ギリシャ・ローマ神殿風のような外観は町のシンボル的存在だ。その始まりは、岡山県出身の洋画家・児島虎次郎氏が「日本の若者たちに西洋の美術を見せてあげたい」と思い、倉敷の大実業家・大原孫三郎氏の理解と支援を得たことによる。

大原美術館の窓から町を眺めて、時の流れに思いを馳せる

 児島氏はヨーロッパで美術品の収集を行い、それが美術館開館の礎になった。館内にはエル・グレコ『受胎告知』、オーギュスト・ルノワール『泉による女』、ポール・ゴーギャン『かぐわしき大地』をはじめ、世界的名画が多数収蔵される。クロード・モネ『睡蓮』はモネ本人から買い求めたと説明がある。本物に触れる醍醐味が体感できる。

日本に2点しかないエル・グレコ、大原美術館の傑作《受胎告知》|知られざる日本のすごいアート(第21回)

「川舟流し」と呼ばれる風流な川舟が柳並木の町並みをゆったりと進む

 歴史建築と味覚と芸術を楽しみに、美しい水辺の町・倉敷へ出かけませんか?