文=大住憲生 写真=山下亮一
パリ、ニューヨーク、ロンドン、ジュネーブ、モスクワ、ドバイ、香港、北京、ソウル、そして東京の計11都市のジョンロブショップが、それぞれに独自のビスポーク(注文靴)のサンプルモデルをつくる『Spirits of Capitals』は、いまから約10年前に開催された高尚なプロジェクト。それぞれの「都市の精神」をビスポークシューズで表現するという稀有なトライアルで、そのために各ショップは各都市のファッション関係者を招集。ぼくはジョン ロブ ジャパンからお声がかかりとうぜん東京チームに参加した。
ブーツメイキングの伝統
デザインしたのはブーツ。ジョンロブにはダブルバックルのモンクストラップというアイコン的ドレスシューズがあるけれど、パリのフォーブル・サントノレ通りにあるエルメス1階のジョンロブには、クラシックな書体のゴールドレターズで〈BOOTMAKER〉と書かれたサインが恭しく掲げられている。だから、そういう出自をもったジョンロブからデザインを依頼されたら、これはもうブーツをデザインするしかない、とおもったわけです。ぼくが普段履きにしているくらいにブーツ好きだということもあるけれど。
かくして、東京チームによるショートブーツのサンプルモデルは出来上がった。なんとなくキザなフランス貴族の末裔が好みそうなかんじ、東京モデルなのに。ときとして意気込みは空回りする。プロジェクト終了後、各都市が提案したサンプルモデルは同社のアーカイブに保管された。
そしてこのたび、フランス・パリのビスポーク(注文靴)チームと、イングランド・ノーザンプトンシャーの州都でイギリス靴の聖地である、ノーザンプトンにあるプロダクション(生産)チームとの合議により、アーカイブからサルベージされた東京チームのブーツは、〈NEWLYN〉というモデル名で2021春夏コレクションにラインナップされた。
もちろんそれは、プロフェッショナルな同社のふたつのチームにより、見事なまでにジョン ロブ的に仕上げられている。
フランス人の靴職人にブーツをつくりたいと申し出たことがある。すると、こんなデザインはいかが? と、膝下まであるブーツのスケッチを見せられ閉口した。ぼくはくるぶし丈のショートブーツのつもりだったから。格式ある靴専門店にとってブーツといえばランディング(乗馬)ブーツのこと。ジョッパーブーツやサイドエラスティックブーツなどのショートブーツも乗馬用。つまり、これらのブーツはスポーツ用だから季節感なんてものはない。
とはいえ、この〈NEWLYN〉のばあい、テンシルソールのエッジがナチュラル仕上げだから軽快なかんじです。というわけで、このシーズンならではのさわやかなコットンやリネンでつくられた細身のトラウザーズに組み合わせることをすすめます。