パンデミックの間にぐっと存在感を増したノンアルコールの食中飲料。世界のファインダイニングにおいて目立つのは、やはり脱アルコールワイン。しかしその影でワインのように扱えるにも関わらず、ワインとの血縁関係がほとんどない新ジャンルの食中飲料がいくつも生まれている。オーストラリア生まれの「NON」もそのひとつ。誕生以来、世界の名店に選ばれるこの新しいドリンクの造り手が来日。解説を受けながら試飲してきた。
ノンアルコールじゃないとダメな理由は何なのか問題
「なぜこの飲み物のシリーズに『NON』という名前をつけたんですか?」
NONというノンアルコールドリンクメーカーを4年前に創業したというアーロン・トロットマン(AARON TROTMAN)さんにその質問をしたとき、僕は目を輝かせていたはずだ。
「え? ノンアルコールだから」
しかし、返ってきた答えは素っ気なかった。
そのカッコつけないところも「オーストラリアっぽいな」と、ちょっと前のめりだった自分を笑ってしまった。説明を聞いていた間はそんなにピンと来ていなかった、このオーストラリアからやってきた飲み物を飲んでみたら「そうそう!」と、僕は勝手に共感を覚えていて、ついつい、NONという名前にもなんらか、ふかーい意味が込められているんじゃないか?と期待したのだった。
正しくは「ワイン・オルタナティブ」と言うべきなのかもしれないけれど、この手のノンアルコールドリンクのジャンル名はどうもハッキリしないので、このNONに対してその呼称は誤用であることを知りながらも「ノンアルコールワイン」と言っておくけれど、その枠組に入るであろう飲料のなかで、これほど納得できて満足感のある飲み物は、これまで経験がなかった。
どうしてだろう?と考えてみる。
ワインにとってアルコールは構成要素の10%から15%程度を占めるものだ。しかし、その15%は極めて意義深い15%であることを脱アルコールワインは証明してしまう。カベルネ・ソーヴィニヨン50%、メルロー35%、カベルネ・フラン15%のワインからカベルネ・フランがいなくなったとしても、僕は、アルコールを失ったときほどの喪失感は感じないだろう。
だが、じゃあ僕はアルコールが大好きで、コカ・コーラにもアルコールが入っていないとケチをつけるだろうか? そんなことは生涯で一度もない。
一時期、ビーガンライフを試していたことを思い出す。それをやめた理由は代替肉の存在だった。しばらく食べていなければ、別に牛肉のことなどさして恋しくなかったのだ。ところが、代替肉に出会った途端、記憶が蘇った。そして疑問が浮かぶのだ。これを食べるなら、むしろ肉そのものを食べればいいんじゃないか?と。
パンデミックでノンアルコールのワイン的なドリンクが流行したとき、その波に僕がどうも乗れなかった理由も結局はこれだ。別にアルコールを絶たなくてはいけない理由がないのなら、アルコールがないワインのようななにかではなく、ワインそのものでいいじゃないか?
あるいは、ワインがないならお茶でもいい。優れたお茶は楽しい。食事との組み合わせにも夢中になれる。その間はワインが恋しくなったりはしない。
NONに感動したのは、一見ワインの代替物のような姿をしていながら、他のワイン風ノンアルコールドリンクたちが呼び覚ますワインへのノスタルジーを呼び覚まさなかったからだ。ひとつの飲料として完成していて、楽しめて、そして美味しかった。
NONはどういうものか?
僕は、創業者のアーロンさんと製造責任者のニックさんが来日した際のイベントでNONを味わった。
そして、NONがどういうものかを紹介するにあたっては、NONシリーズのうちでもっともスタンダードだという『NON No.1 SALTED RASPBERRY & CHAMOMILE』を紹介するのが手っ取り早いとおもっている。
このドリンクの見た目はロゼワインっぽい。これは、ロゼワインが合うようなシチュエーションに合う、というわかりやすさを求めてのものだそうだ。価格は3,200円(税別)だから、だいたいそれくらいのロゼワイン(つまり上等なロゼワイン)と同じ感覚でいい。
ただ、ワインと同じ世界にあるのはそこまでだ。グラスに鼻を近づけると、塩漬けの紫蘇みたいな香りがするのだから。口をつけると、わずかな炭酸の刺激とともに酸味、そしてうっすらと砂糖漬けした、やっぱり紫蘇のような風味が広がる。
液体は上質だ。風味を邪魔するような雑味がない。ナチュラルな素材を使っているというのがよく分かる。そして、様々な風味がある。複雑性というやつだ。しかもその複雑性はちゃんとひとつの飲み物としてのまとまりのなかにある。
製造責任者のニックさんによると、構成要素の60%はカモミールティーだそうだ。ただ、一般的なカモミールティーのように高温・短時間で抽出するのではなく、65℃のお湯で30~40分かけてゆっくりと抽出しているそうだ。
これをベースにタスマニア産ラズベリーの要素が20%ほど加わる。このラズベリーは旬の時期に収穫したものをフリーズドライにすることで、水分を飛ばして味を濃縮、それをお茶のようにティーバッグに入れて、2日かけてやはり低温で抽出しているとのこと。つまりアンフュージヨンだ。ロゼ色の正体はこのラズベリーの色による。
そして、ベルジュと呼ばれる未熟なブドウの果汁を20%分、最後にごく少量の塩と砂糖で味を整え、若干の炭酸ガスを加えて完成させる、という説明だった。
他のNONに関しても事情は大体同じで、このときにテイスティングできた
『NON No.3 TOASTED CINNAMON & YUZU』『NON No.5 LEMON MARMALADE & HIBISCUS』『NON No.7 STEWED CHERRY & COFFEE』をざっと紹介すると
『NON No.3 TOASTED CINNAMON & YUZU』はクイーンズランドのオレンジを乾燥させ、およそ65℃で48時間抽出した、やはりアンフュージヨンがベース。そこに日本の柚子ジュースとベルジュを加えている。柚子ジュースは1,500リットルのオレンジアンフュージョンに対して25リットルの分量だそうだ。そして最後に、塩、砂糖、そしてちょっとのシナモンを加えている。
こう聞くと酸味が強そうだけれど、実際の感覚ではオレンジの果皮、中果皮に由来するとおもわれる苦味やオイリーな印象、そして塩味を感じられて、むしろ性格はうっすらワイルドだった。7℃くらいには冷やして飲んだほうがスッキリとしてバランスがいい印象。
『NON No.5 LEMON MARMALADE & HIBISCUS』は様々な植物を順々にアンフュージヨンしていった重層的アンフュージヨンで、使われている植物は、レモンバーベナ、レモングラス、ハイビスカス、レモンマートル、リコリスの根、シトラホップ、ペパーミントとのこと。
味も香りもレモンティーに近いけれど、リコリスが上品なアクセントになっている。
『NON No.7 STEWED CHERRY & COFFEE』はフローズンチェリーを、ガラムマサラ、ナツメグ、オールスパイス、ピンクペッパーとともにオーブンでローストしたものをケトルに入れて、85℃で16から18時間加熱したものに、ボリビア産のカスカラというコーヒー豆の種以外の部分、果肉と外皮を、やはりお茶のようにして加え、さらに、水出しコーヒー、ベルジュ、塩で味を整えている。
ルックスは赤ワインのようで、味わいは日本のソースのイメージに近い。
発想の原点はノンアルコールカクテル
このNON、アーロンさんはロンドンの星つきレストランで着想を得たのだそうだ。そのレストランでは、シェフが様々な素材を組み合わせたノンアルコールドリンクとのフードペアリングをやっていて、そういうものがボトルに入って売られていれば、それが欲しい人はいるのではないか? と考えたのがそもそもだ、とのこと。
アーロンさんはそれを自分で試作してみて、レストランのカクテルメーカーだったニックさんに意見を求めた。そこでニックさんと語り合ううちに、ニックさんは、じゃあ自分がやってみようとアーロンさんの企画に参加したのだそうだ。
こうして商品化にこぎつけたNONの評判は上々で、4年間で生産量は伸び続け、現在、年間生産量40万本にリーチがかかっているとのこと。オーストラリアはもとより、ニュージーランドやアメリカ、ヨーロッパと、ワイン文化のある星つきレストランにオンリストされている。日本市場には3年前にやってきている。
筆者のようにノンアルコールワインにどうにも必然性を感じられないでいる人、それから、これはお茶の仲間だとおもうので、お茶が好きな人に、おすすめしたい。
日本にはワイン・オルタナティブを得意とするインポーター「アルト・アルコ」が輸入している。