スタイリング=櫻井賢之 撮影=長山一樹(S-14) グルーミング=HORI(BE NATURAL) 文=山下英介
都市の風景を変えたデザイナー
2000年代のファッションを語る上で最も欠かせないデザイナー、エディ・スリマン。ラグジュアリーとロックテイストの融合、スキニーシルエットの一般化、テーラードジャケットのストリートアイテム化……などなど、その功績ははかり知れない。今や若者たちの間ですっかり定着している細身のブラックスーツも、彼が提案したスタイルの影響下にあることは間違いないだろう。そう、エディ・スリマンという存在は、世界中の都市の風景すら変えてしまったのだ。
彼が20年以上にわたって、カリスマであり続ける所以。それはどんなにファッショントレンドが移ろっても揺らぐことのない、確固たる美意識だ。何しろどのブランドを手掛けようとも、決してスタイルを変えようとしないのだから、もはや筋金入り。人はそれを「エディ節」と呼ぶ。
〝セリーヌ〟とエディ・スリマンの化学反応
しかし彼が2018年からクリエイティブ・ディレクターとして活動する〝セリーヌ〟においては、そんな「エディ節」にちょっとしたアクセントが加わっている。そのキーワードとなるのが〝B.C.B.G.(ベーセーベージェー)〟。「ボンシック、ボンジャンル」の略語で、1970年代後半〜80年代にかけてパリの上流階級で流行った、シックで趣味のよいライフスタイルのことだ。そのスタイルは当時の日本でも憧れの的であり、洒落者たちのあいだでは「サン=ジェルマン・スタイル」と呼ばれていたという。
当時の〝セリーヌ〟がB.C.B.G.の立役者的ブランドであったことに敬意を表したのか、その傾向は特にウィメンズにおいて顕著。英国的なテーラードジャケット、ニーハイのブーツ、フリルカラーのワンピースといったトラディショナルなワードローブは、幅広い世代から支持されている。
セルジュ・ゲンスブールのように
もちろんメンズにおいては得意とするロックテイストの濃度が強まるのだが、ネイビーブレザーとフレアデニムのコーディネートに代表されるように、そのスタイルはどこかフランスのブルジョワ的。同じロックでも、セルジュ・ゲンスブールを彷彿させるものだ。
今回撮影したコーディネートも、レザーパンツやスキニーなシルエットこそロックテイストだが、そこに合わせるアウターはトラディショナルなライン入りカーディガン。しかもパナマハットや、モロッコのバブーシュのようなパイソンレザー製サンダルなど、リゾートの味付けもたっぷり。不良っぽさのなかに隠しきれない知性と育ちのよさを覗かせる、いかにもフランス的な着こなしである。
この変化を「エディ節」の進化と見るべきか? それとも成熟と見るべきか? その答えは彼のみぞ知る。しかし懐の深くなったエディ・スリマンのスタイルを楽しめる現在の〝セリーヌ〟が、刮目すべきブランドであることは間違いない。