文=autograph編集部

プレゼンテーションをする、チームリーダーの綿石早希さん

社内外からイノベーターを募集

 去る2月20日、複合機で有名なリコーが、社内外からイノベーターを募集するアクセラレータープログラムの成果発表会「RICOH ACCELERATOR 2019 Investors Day」を開催した。

 我が編集部もお招きいただいたので、うかがったのだが、会場にいた外部のものはメディア・報道関係者のみだった。本来は一般の来賓も参加し盛況になるはずだったのだが、折からの新型コロナウイルスの影響もあってそれは叶わず、少々寂しい催しとなった。が、当時はまだそれほどではなかったウイルスが、ここまで拡散していることを思うと、賢明な判断だったといえるだろう。

 この会は“革新的なアイディアや事業のスピード感をリコーグループに共有し、リコーグループから立ち上がった社内起業家とスタートアップがともに双方が学び合うことで、新しい取組みにチャレンジする文化、イノベーションが生まれる風土を醸成することを目指す”ものだという。

 当日は、応募総数214件の中から選ばれた13チームが事業内容や活動、今後の展開について発表。先にも述べたように一般入場者は入れなかったが、ライブ配信による視聴者は500人を超えるなど、注目度の高いイベントとなった。

 そんななかで、ひと際目を惹いたプロジェクトがあった。インド人女性に向けた下着ブランド「Rangorie」である。プレゼンテーションに立った社員の綿石早希さんと元社員の江副亮子さんが共同で発案したものだ。とても面白そうなので、チームの2人に話をうかがった。

 

インドで下着をやりたかった

 きっかけは昨年春の久々の2人でのランチだった。

 「ちょうど社内でのアクセレータープログラムが立ち上がった頃だったんです。話がインドのことになり、江副が“インドで下着をやりたかった”と。私も下着に興味があることを話して盛り上がり、それで社内のアクセラレーションプログラムに2人で応募したんです。直接のきっかけはそこでしたね」

 プロジェクトの“下着”は共通項だが、“インド”は2010年にインドに滞在した江副さんの体験がベースとなった。当時はBOP(Base of the Pyramid)がそこはかとなく流行っているなかで、リコーはインドに目をつける。江副さんは「BOPと言われてる人たちの気持ちになってきなさい」ということで、インドの農村部に派遣された3名の社員のひとりだった。期間は1カ月。それをを2度経験している。インドでのファーストインプレッションは、衝撃だったという。

 「農村の人たちと生活をするのですが、最初の挨拶のところから男性と女性が完全に分かれていて、男性は座り、女性は立ってたんです。その後のインタビューも、どこに行っても男性が「なんだなんだ」って出てくる。女性のことを聞きたいんだけどと言っても“女性のことは俺に聞いてくれ”みたいな感じなんです」

 江副さん自身は、これまでの人生であまり男女の差を意識したことがなかったという。それだけに、その格差に驚いたのだ。滞在中には何度か女性たちとミーティングを開き、実情を知るようになる。

 「農村部は確かにライフラインは整ってないんですけど、そのなかでちゃんと教育を受けてる人たちがたくさんいて、働く意欲のある人たちもいて、働き盛りの人が余っているのに、仕事がないというのが現状なんです」

 

彼女たちのためになにかしたい

インド女性はお洒落。色彩感覚も豊かである

 延べ2カ月の滞在中、江副さんは彼女たちをどうにかしてあげたい、という想いが募る。そんな状況のなかで気付いたのが、彼女たちの下着の無頓着さであった。

 「インドの女性はお洒落なんですよ。農作業する時でもサリーを着てるし、お洒落に関心が高くて、いつも煌びやかな格好をしているんです。でも、その隙間から見える下着がダサいんです。全然サイズが合ってない下着を着けていたりで。それで下着屋さんに連れて行ってもらったんです」

 すると、ここでも衝撃が。

 「下着専門店ではなくて、日本にも昔からあった洋品店のように、いろんなものが売ってるお店でした。が、店員はおじさん。おじさんに、サイズやタイプを聞かれて、それを言わないと下着が買えないという状況だったんです」

 インド農村部の女性は、普段の生活でも男性を前に女性が意見をしてはいけないという習慣なのに、女性の聖域ともいえる下着売場でも男性に下着の好みを言わなければいけない。その苦痛は女性だからこそ、よくわかるのだ。

 その経験をもとに、その後すぐに女性向けのストアをインドに立ち上げている。その運営は現地のNPOに移管していて、現在はリコーの手は離れているが、事業としては現状もまわっているとのことだ。

 ただ江副さんの中では「仕事がしたいと思ってる人たちがいる。そういう人たちは、裁縫学校に通ってる人も多い。モノを作るのが上手。その人たちの技術を使ってインドで下着が作れないか?」という想いが燻っていた。それが綿石さんとのランチをきっかけに一気に動きはじめた。

 

夏休みには揃ってインドへ

ムンバイ郊外のスラムにある職業訓練校。スラムでドメスティック・バイオレンスから逃げてきた女性のために併設されている。シェルターを出た後も、暴力夫の元へ帰らなくてもいいように、ここでスキルを身につけて自立を促す施設である

 アクセラレーションプログラムが立ち上がったタイミングもあり、2人のアイディアは第一関門を突破。調査費として50万円を支給される。それを元に夏休みには揃ってインドへ調査旅行に出掛けた。もちろん、2人分のインド旅行は、調査費だけでは足が出る。ただ、前に進むためには必要不可欠な旅だったので強行したという。彼女たちは「次に進めば、また予算が出ますし」と笑うが、少し賭けの要素も含んでいたようだ。

 「江副の情報は8年前のもので、私はインドに行ったことがない。ベースとなった江副の情報が現在もあっているのか、自分たちの目で見てこようということでした」

 そして大都市から農村部まで、さまざまな都市をまわり、江副さんが滞在していたビハール州の農村部にも立ち寄った。この旅では、女性の身体のサイズを計らせてもらったり、一緒にショッピングしたり、ユーザーインタビューをしたりと、インド女性の体型とニーズの調査をしている。

 また、江副さんにとっては8年前とのギャップを埋める旅でもあった。

 「インドは、変わってはいました。例えば、8年前はモール自体に人がいなくて。ラグジュアリーな下着がいっぱい並んでるショップの店員がおじさんでしたが、いまは女性が接客していました。また、農村地域までモールが進出しているという変化もありましたね」

 しかし、男性の意識はそれほど変わってなかったようだ。

 「男性に聞くと、下着は毎日着けるものだから、そんなものを恥ずかしいと思っているものはいない、と。女性は、男性にここの伸びがいいので着心地がいいとか言われてもねという感じで、食い違いはまだまだありますね」

 

自分のお金でモノを買う

 ただ、働く女性が増えているという嬉しい変化もあった。そうであれば、自分のお金でモノを買うことができる。さらに、インドの下着市場もブランドも増えて盛り上がりはじめたところでした。その調査の結果、チームのターゲットを「働く女性」に定めた。

3色で展開する下着。緑と赤、黄色と青、白とネイビーの組合せがある。日本人に聞くと白とネイビーが1番人気だが、インドでは緑と赤の組合せが1番。色彩感覚が日本人とはちょっと違うのだ

 「そうなると価格なんですが、少し高めに設定しています。インドのOLが買っているものが800~900ルピー(約1100~1300円)くらいのブラジャーで、露天で売ってるのが200~300ルピー(約300~400円)くらいなんです。ワコールさんとか海外ブランドが3000ルピー(約4200円)くらいのものを出していて、私たちは、海外ブランドとOLの平均値の間、1500ルピー(約2000円)くらいを狙っていこうと考えてます」

 それほど高くない価格帯で「より感動を与えられるものを作っていきたい」と綿石さんは力強く語ってくれた。今年度は、普通に決めうちのサイズを作って販売、来年度はカスタムフィッティングをローンチしたいと準備中だ。

 そんな彼女たちの意気込みも、現在は新型コロナウイルスによる自粛で足踏み状態となっている。インドはいま「日用品のビジネス以外はストップ。手も足も出せない状態」だという。

 「どれだけ続くのかで、どう見直すか考えなければならない。インドでの生産が半年から1年は出来ないとなると、このビジネスは難しいな、とも思います。いまはプランBも考えています。でも、私たちが本当にやりたいのは“インドの農村部に女性の仕事を作るということ”なんです。下着の需要がありそうなので、いまは下着に特化していますが」

 2人のきっかけは、もちろん下着で、そのビジネスが成功することは重要だ。しかし彼女たちがインドに足を運んで考えた“本当にやりたいこと”は、もっと大きく、志の高いものだった。

 もちろん、1日も早くウイルスの問題が解決してインドで下着が流通することを願うが、プランBも見てみたい。彼女たちがプロジェクトに取り組む姿勢を聞いていると、納得できるものが出てきそうだし、応援したいと思わせる何かがあるようだ。