クリュッグが、創業以来170回目に完成させた『クリュッグ グランド・キュヴェ』が2022年4月より日本市場に登場し始めている。同じ哲学で造られる『クリュッグ ロゼ』の26作品目は、5月下旬ごろ発売予定だ。

これを記念してクリュッグは、日本をはじめとするアジア各国や世界主要国のワイン関係者を集め、フランスのメゾンとオンラインでつないで、お披露目イベントを開催した。

そこでは最新の『グランド・キュヴェ』、『ロゼ』だけでなく、『グランド・キュヴェ』は、169作目、166作目、164作目、163作目、160作目、『ロゼ』は25作目、20作目を味わうことが出来た……

クリュッグ グランド・キュヴェ 170エディション
¥38,170(ギフトボックス付き)

ワイン界の超人

クリュッグ、特にクリュッグを代表するシャンパーニュ『グランド・キュヴェ』について何か言おうとすると、悩んでしまう。

「新しいグランド・キュヴェが登場した」といって、それにどれほどの価値と意味があるのか、と。

メディアにいると、新しいものの情報というのは、基本的に扱いやすい。新しいものは古いものよりも常に優れている、という無邪気な進歩への信仰に対して疑念を持っていたとしても、大抵の場合、新しいものと古いものとは違うからだ。

例えば、新型のBMW 3シリーズは、旧型よりもサイズが大きくなった、とか、燃費がよくなったとか、違いを述べていれば、それなりに何かを言ったような記事になる。ファッションにしたって、去年はこうだった、今年はこうなった、という話が出来るし、ワインはもちろん、今年はシャープさが魅力だが、昨年より華やかだった、などと言うとカッコがつく。

ところが、クリュッグの『グランド・キュヴェ』はどうだ。去年のそれと今年のそれを並べて、こっちが去年、こっちが今年と、言い当てるのは困難を極める。最大のヒントは、去年のもののほうが1年分熟成が進んでいるから、それに起因する差異。しかし、じゃあ去年と一昨年を並べられて、さあどうだ、となったら、難易度はぐっと上がる。そして、自問する。そもそも、これら『グランド・キュヴェ』間の違いを問うことにどんな意味があるのか? と。

確かに、4月に登場した、クリュッグ創業以来170回目の『グランド・キュヴェ』と、169回目とは同じワインではない。とはいえそこにある差異がもつ意味は、他のワインでの毎年違う、とはまったく性格が異なる。『グランド・キュヴェ』は常にすでに『グランド・キュヴェ』らしく、しかも、その出来栄えは完璧だ。完璧がそれ以上、完璧になることはない。そこにあるのは、ふたつの完璧な『グランド・キュヴェ』。クリュッグを「帝王」と形容する人は多いけれど、『グランド・キュヴェ』についていえば「超人」と称したい。

創業者ヨーゼフ・クリュッグの肖像と現当主オリヴィエ・クリュッグ。ヨーゼフの残した言葉「原則として、質に差のないふたつのキュヴェを造るべし。ひとつは常に表現の一貫したもの。もうひとつは年に応じて表現の異なるもの」のうち『グランド・キュヴェ』は「常に表現の一貫したもの」にあたる。

170年は一点に収束する

山田風太郎の『柳生十兵衛死す』という小説で、1649年の剣士・柳生十兵衛三巌(やぎゅうじゅうべえみつよし)と金春竹阿弥という能楽師が、1407年の柳生十兵衛満巌(やぎゅうじゅうべえみつよし)と世阿弥と入れ替わってしまう、というシーンがある。およそ、240年の年月を挟んで、まったく同じ場所で、技芸の極みに達した2人1組が、同じ舞を舞うと、時間のギャップが意味をなさなくなり、2つの時が1つになってしまうのだ。そして、舞が終わり、再び年月の差異が意味をもった時、過去と未来の両組があべこべに入れ替わってしまう、という展開だ。

一分の隙きも揺らぎもない完璧な人の技は、一点へと収束する。そういう美意識が、舞がタイムマシンの役割を果たすという、この大衆小説の突拍子もない疑似科学に妙なリアリティを与える。

『グランド・キュヴェ』は、これを現実で、ワインでやっているようなものだ。常軌を逸しているとすら言いたくなる。ブドウは自然のもの。同じ人間がふたりといないように、同じブドウはふたつとない。発酵には偶発性が伴う。そういう不安定なものを、7年を超える熟成の果てに同じ理想の一点へと、毎回収束させる。これを超人技と言わずして、なんという。

2020年1月からメゾン クリュッグの超人技を統括する最高醸造責任者ジュリー ・カヴィル

毎年、登場する『グランド・キュヴェ』にはエディション、という番号が与えられていて、それぞれ、その構成要素は大きく異なる。例えば今回最新の170エディションの構成要素はこうだ

ブレンドに用いられたワインのヴィンテージ:1998年から2014年までの17年間のワインのなかから、12ヴィンテージ。もっとも多く使用されたのは2014年ヴィンテージで55%
ブレンドに用いられたワインの総数:それぞれヴィンテージや栽培区画、収穫時期、醸造方法が異なる400種類ほどのワインのなかから選ばれた195種類のワイン
品種のバランス:シャルドネ38%、ピノ・ノワール51%、ムニエ11%

そしてこの一つ前、169エディションは

ブレンドに用いられたワインのヴィンテージ:2000年から2013年までの14年間のワインのなかから、11ヴィンテージ。もっとも多く使用されたのは2013年ヴィンテージで60%
ブレンドに用いられたワインの総数:170エディション同様に、それぞれ異なるワインから146種類
品種のバランス:シャルドネ35%、ピノ・ノワール43%、ムニエ22%

ちょっと遡って、163エディションの場合は

ブレンドに用いられたワインのヴィンテージ:1990年から2007年までの18年間のワインのなかから、12ヴィンテージ。もっとも多く使用されたのは2007年ヴィンテージで73%
ブレンドに用いられたワインの総数:同様にそれぞれ異なるワインから183種類のワイン
品種のバランス:シャルドネ32%、ピノ・ノワール37%、ムニエ31%

とこれだけ違う。これだけやって、ようやく、一つの理想への収束が実現している。

運良く、『グランド・キュヴェ』の過去のエディションが手に入ったならば、そこにあるわずかな差異、熟成の効果を体験するのもいいだろう。筆者は今回、特に163エディションは個性的で、164エディションは魅力的な熟成タイミングを迎えていると感じた。しかしそれはもう、贅沢の先の贅沢だ。

本文では言及できていない『クリュッグ ロゼ 26エディション』は¥54,780(ギフトボックス付き)

あたかもタイムマシンのように170年の時を超える『グランド・キュヴェ』は、ひとつが170の異なる『グランド・キュヴェ』と重なり合うような現実離れした贅沢。こんなことをやっているワインは、おそらくこの世に、これしかない。