ボッテガ・ヴェネタは、イタリアのヴィチェンツァにおいて1966年に創業したラグジュアリーブランドである。職人技を活かした革製品に特徴があり、とりわけレザーの編み込み技法は「イントレチャート」と呼ばれて多くの製品に取り入れられ、ボッテガ・ヴェネタの代名詞として知られるようになった。目立つブランドロゴに頼らない「ステルス・ウェルス」(目に見えない豊かさ)の表現が支持を得ている。

 2019フォールコレクションは、2018年7月にクリエイティブ・ディレクターに就任したダニエル・リーが手がける初めてのランウェイコレクションである。ダニエル・リーはこの世代のデザイナーとしては珍しく、インスタグラムをやらず、ファッション業界の交友関係も少ない。白いTシャツとジーンズに身を包んだ美男であることと、セントラル・セント・マーチンズの卒業生であること以外、彼に関する情報はほとんど出ていない。その控えめなパーソナリティがまた、「多くを語らない自信」に裏付けられたエレガンスを標榜するブランド価値と合致しているようにも見える。

 リーは、イントレチャートを巨大サイズにしたバッグを創ったり、クラシックな靴にイントレチャートを応用したり、高度な皮革の職人技をウェアに応用したりして、新しいボッテガ・ヴェネタの世界を見せてくれている。上質素材で作るスポーティーなアイテムに発揮される絶妙なセンスもさることながら、今期の靴のディスクリート(控えめ)な主張ときたら。なめらかな凹凸のある表面は、まぎれもなきイントレチャートのユーモラスな表現ではないか。手仕事のぬくもりと高度なテクノロジーを共存させた、「隠れイントレ」。うまいな、と思う。

 現在、私たちの身の周りを多くのノイズが取り巻いている。リーのボッテガ・ヴェネタはノイズとは逆の方向へ行き、ノイズだらけの中で沈黙を守ろうとすることで、ある種の静謐で自由なラグジュアリーな世界を生み出している。矛盾に満ちた現代社会において、「控えめな主張」という矛盾のある自己表現のお手本を見せてくれるボッテガ、知的である。

文:中野香織