ちょっと早い80周年モデル

 フェラーリが先ごろ発表したF80は、80年に迫る同社の歴史のなかで、これまでにたった5モデルだけがリリースされたスーパーカー・シリーズの最新作である。

 1984年発表の288GTOに始まるスーパー・シリーズは、1987年に創業40周年を祝うF40をリリースして以来、およそ10年に一度のペースで世に送り出されてきた。したがって、モデル名のF80は同社の創業80周年を記念するものと考えるのが自然である。もっとも、1947年創業のフェラーリが80周年を迎えるのは2027年になるので、厳密にいえば若干のズレはあるのだが、これまでにもF50を1995年、エンゾ・フェラーリを2002年、ラ・フェラーリを2013年に発表するなど、5年程度の誤差は認められてきた。その辺の柔軟な感性も、いかにも情熱的なフェラーリらしいと受けとめるべきなのだろう。

F80は「288GTO」「F40」「F50」「エンツォフェラーリ」「ラ・フェラーリ」に次ぐ6代目となる
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 一見したところ、まるでレーシングカーのようにも思えるF80だが、実際には、公道も走行可能なロードカーである。ただし、本格的なサーキット走行も視野に入れて開発するのがスーパーカー・シリーズの伝統といっていい。これを実現するため、プロサングエで初投入されたアクティブサスペンションを搭載したり、ダウンフォースの量を可変できるアクティブ・エアロダイナミクスの車両の前後に搭載。公道とサーキットのそれぞれで、最高のパフォーマンスが発揮できるように工夫されている。

パワートレインは電動+V6で1200PS!

 そしてF80で最大の見どころといえるのが、そのハイブリッド・パワートレインである。3モーター式ハイブリッドシステムは最大で300psを発生。ここに、リッターあたり300psを生み出すウルトラハイパワーな3.0リッターV6ツインターボエンジンを組み合わせることで、システム出力1200psという途方もない性能を実現している。

 それにしても、F80のパワートレインとして、極めてパワフルなハイブリッドシステムとコンパクトでありながら高出力なV6エンジンのコンビネーションを採用した理由は、どこにあったのか?

 説明会の冒頭で挨拶に立ったチーフ・マーケティング&コマーシャル・オフィサーのエンリコ・ガリエラは「歴代のスーパーカー・シリーズは、卓越したパフォーマンスを生み出すだけでなく、フェラーリの未来を映し出す存在でもありました。このe-ビルディングで新しいスーパーカー・シリーズを発表する意義も、この点にあります」と語った。

 e-ビルディングはフェラーリの最新生産設備で、既存のエンジン車やハイブリッド車だけでなく、2025年に発表されるフェラーリ初の電気自動車が生み出されることにもなる建物。つまり、今後フェラーリが電動化に積極的に取り組むことを象徴する施設といえる。

 同様にして、F80にパワフルなハイブリッドシステムを搭載したことも、フェラーリの今後を示唆するコンセプトと見なすことができる。

 ちなみにそのハイブリッドシステムは、フロントに2基、リアに1基のモーターを搭載。2基のフロントモータは左右の前輪を個別に駆動することで、クルマ自身が自然に曲がろうとするトルクベクタリング機能を実現する。そしてエンジンと直結されたリアモーターは、ときにはパワーを発揮してエンジン・パワーを補助するいっぽう、ときにはエンジンの力で駆動されることで発電機としても機能。ここで生み出された電力は、一旦リチウムイオン・バッテリーに充電されたうえで2基のフロントモーターに供給され、前輪に駆動力を伝える役割を果たすことにもなる。

F1由来のハイブリッド システム

 実は、こうした原理のハイブリッド・システムは、2019年に発表されたSF90ストラダーレで採用済み。しかし、F80ではF1で開発された技術を応用することで、さらなるハイパワー化と小型軽量化を図った点に重要な意味がある。

 たとえば、モーターにはリッツ線と呼ばれる特殊な電線を用いたほか、磁石のN極とS極を90度向きを変えながら並べるハルバッハ配列を採用。これにより最高30,000rpmという超高回転化を達成するとともに、SF90と比較してモーターとインバーターなどの重量を30kg削減することにも成功。F80のハイパフォーマンス化に役立てた。

 また、リチウムイオンバッテリーにはF1由来の技術を投入。具体的には、フェラーリのF1マシンに搭載されているリチウムイオンバッテリーと同様のコンセプトを採用するとともに、これと近い素材を用いてバッテリーセルを作成しているという。ちなみにバッテリーセルに用いる素材は、F1チームのスクーデリア・イタリアと同じサプライヤーから提供されるもので、バッテリーセルの製作もe-ビルディング内で行なわれる模様(F1用はスクーデリア・フェラーリ内の施設で生産)。この結果、SF90に比べてバッテリー単体で30kgの軽量化を果たしたという。

 フェラーリは、モーターやバッテリーを内製することが、高い競争力を備えたハイブリッドシステムを構成するうえで必要不可欠と判断。e-ビルディングをモーターやバッテリーを生産できる施設としたのも、こうした判断に依るものだと説明した。

 さらにユニークなのが、ハイブリッド・システムを搭載した初のスーパーカー・シリーズだったラ・フェラーリの交換用バッテリーを、e-ビルディング内で生産すると発表したことにある。どんなに高性能なバッテリーでも、それが消耗品であることには変わりない。しかし、1台が1億円を優に超えるスーパースポーツカーの場合、バッテリーが寿命を迎えたからといって、おいそれと廃車にするわけにはいかない。そこで、フェラーリは社内で過去に販売したハイブリッド・モデルのバッテリーを新たな技術で生産する方針を固めたのである。これはハイブリッド・モデルを生産するメーカーとして、実に責任ある態度といえるだろう。

 このハイブリッド・システムと組み合わされるのが、前述の3.0リッターV6エンジンである。ブランドを代表するハイパフォーマンスカーの心臓部としてはいささか心許ない感じもするスペックだが、実はこのV6エンジンの骨格は、ルマン24時間で2連勝を果たした純レーシングカーのフェラーリ499Pにも採用されているくらい、優れたパフォーマンスと耐久性を誇るもの。久々に投入するスーパーカー・シリーズ用のエンジンとしては、未来志向が強いという意味も含めて、最適のパワーソースといえる。

 車体はカーボンモノコックを中心として構成されるが、興味深いのは、ドライバーとパッセンジャーの着座位置を前後にオフセットさせたこと。こうすることで肩と肩がぶつかりあうことを防ぎ、ふたりの間隔をギリギリまで狭めることが可能になった。これを活用することで、モノコックの幅はラ・フェラーリ用よりも100mmも狭めることができ、これが空力性能の改善にも役立ったという。

 レーシングカー並みの性能を誇るF80は、エアロダイナミクスにもレーシングカー並みの性能が求められた。エアロダイナミクスというと、すぐに流線形のボディーシェイプを連想されるかもしれないが、高速域のエアロダイナミクスで重要な役割を果たすのは、路面と向き合うボディー底面であることは広く知られているとおり。そこでF80にはF1マシンによく似た整流板を多く備えたボディー底面を用いるとともに、リアエンドに向けてボディー底面がなだらかに上昇するリアディフューザー構造を積極的に採用。さらに、ボディーの前後に可変式のアクティブエアロを備えることで、250km/h走行時に最大1050kgというとてつもない量のダウンフォースを生み出すことに成功した。

 スタイリングも、レーシングカーと見紛うばかりのアグレッシブなものだが、F80があくまでも公道走行も可能なロードカーであることは冒頭でお知らせしたとおり。ただし、価格は360万ユーロ(約5億8000万円)とレーシングカー並み。なお、F80は799台が限定生産されるが、フェラーリの限定モデルがいつもそうであるように、こちらも発表の段階ですでに完売しているという。