1970年代に41歳でジョルジオ・アルマーニ社を設立したアルマーニは、医学部で人体の構造を学んだ経験を活かし、メンズスーツに革命を起こした。芯地を入れられ鎧のように男性を武装させていた従来のスーツの構造を解体し、艶やかで柔らかな素材を使い、芯地のないアンコンストラクティッド(堅牢な構築物ではない)ジャケットを世に出したのである。着る人の骨格の動きを流麗に見せるスーツは、社会現象にもなり、80年代の男性は、個性やセクシーさを表現することを楽しみ始めた。
以後、40年以上、アルマーニはモード界の先頭を走り続けている。85歳でジョルジオ・アルマーニ社の指揮をとる彼を別格の高みに押し上げているのは、クリエーションの力もさることながら、むしろビジネス面の能力である。1990年代に起きたラグジュアリーブランドの熾烈な買収戦争に巻き込まれることなく、主任デザイナーにして経営者(単独株主の代表取締役社長)というステータスを、長きにわたり守り抜いてきた。
浮沈の激しいモード界でこのような経営を続けることができたアルマーニの成功の秘訣は、仕事への真摯な没頭にある。2019年5月、来年のプレフォールコレクションを東京国立博物館表慶館で開催するために来日した折、アルマーニはショーの前日に記者会見をおこなった。「プライベートライフは、ない。お楽しみは、ごく少しだけ」と語るほどアルマーニが仕事人間であることをあらためて納得したのだが、実は、私がもっと心打たれたのは、アルマーニの態度そのものであった。記者たちの多様な質問に対して、およそ60分の会見の間、当時84歳のアルマーニは、美しい姿勢を保って立ったまま、丁寧に話し続けたのである。若いスタッフたちが疲れて座り始めたというのに。驚異の体力というより、美意識の高さと意志力の強さ、そして記者たちへの敬意が伝わってきた。
今も記憶に残るのは、「強い男とは、自分が強いということをあからさまに見せない男」という名言と、「ネイヴィー」という色をアルマーニがもっとも好む理由である。その理由を、今シーズンの「ラプソディ・イン・ブルー」のコレクションを眺めながら反芻している。
ネイヴィーブルーは、人との正しい距離感を作ってくれる色だ、とアルマーニは語っていたのである。拒絶せず、オープンで、しかし、なれなれしくなるほどには近づかない。紳士的態度を保つことのできる距離感を作ってくれる色、それがネイヴィーブルーだと彼は語った。媚びず、群れず、しかし拒絶もせず、紳士的に開かれているという好もしいノンシャラン(無関心)を自然に演出できる。アルマーニのネイヴィーブルーのコートは、そんな男性にひときわ魅力的な輪郭を与えるだろう。
文:中野香織